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第44話 友達テレフォン

「右に二回、左に三回……グルって手を回して……」  フリは覚えたんだけどなぁ。でも音楽がかかって、さぁ踊りますってなった途端になぜか慌ててしまうんだよなぁ。小学生の時もそうだったっけ。足、そんなに遅い方じゃないと思うのだけれど、本番当日になって緊張してしまうからなのか、あのスタートの「パーン!」って音と一緒に、自分の脳みそがシャットアウトしてしまうらしくて。どうしても出遅れちゃって、毎回最下位になってしまう。  だからオンラインのダンスエクササイズでも、振り付けは完璧に覚えているのに、毎回間違えて、慌てて、そうこうしているうちに、僕は誰? ここはどこ? どこを踊っているのでしょうか? ってなってしまうんだ。  明日もオンラインレッスンの予定がある。  だから、振り付けだけはしっかり覚えておこうと入念に脳内シュミレーションを繰り返していた時だった。 「?」  スーツの内ポケットでスマホがブルブル震えてる。  もしかして成徳さんかな? なんて少し胸を踊らせつつ、その画面を見て。 「わっ」  期待していた成徳さんではなかったけれど、でも、この着信にもそれはそれで胸が躍った。 「も、もしもしっ」 『あ、ごめん。まだ仕事中だった?』 「いえ!」 『お疲れ様です』  僕が目指している人。 「聡衣君もお疲れ様です」 『元気?』 「はい!」 『今、おうち?』 「今、帰ってきたところなんです」  ちょうど帰ってきたところだと伝えると、慌ててもう一度、お疲れ様ですって言ってくれた。ごめんね、疲れてるよねって優しい言葉をかけてくれる。だから、全然大丈夫ですよって伝えた。体力ならあるんですって、ちょっと自慢気に伝えて。 「そちらはどうですか?」 『こっちは頑張ってるよー。とりあえず……』 「? どうかしたんですか?」  どうやら、久我山さんが今日はいないらしい。  付き合い、だそうで。  でも仕方のないことかなとも思う。だって、やっぱりとてもハンサムだから、それは仕方がないんじゃないかなぁって。 『だってさぁ、すごいの! また飲み会に誘われてさぁ。全部は流石に行ってないけど、それでもぜーんぶ拒否もできないでしょ? なので今日は俺はお留守番』 「そうなんですね」 『いいんだもーん、どんだけ電話をかけてきたって今電話中で出れませんからねーって』 「拗ねてるんですか?」 『! 違うし……全然、拗ねてないし』  可愛いらしい人だなぁと思う。僕はそんなふうに拗ねたりは……きっとできそうにない。できたら、聡衣君みたいに愛らしい人になれるのだろうけれど。 「久我山さんも早く帰って聡衣君と一緒いたいと思っていらっしゃると思います」 『そうじゃなかったら、拗ねるし』  今も拗ねてるのに? と思いながら、そんなところも可愛いってきっと久我山さんがそこにいたら微笑んでそうだなって、想像した僕の頬が緩んだ。 『そっちは? どう? 河野と』 「はい! 成徳さん、お忙しいので最近はお会いできてないんですが。あ、この前、美味しい焼肉屋さんに連れて行っていただきました」 『え……誰、その、お坊さんみたいな、徳の高そうな名前』 「あっ!」  しまった。そうだった。河野さんってずっと言ってた、から。 「ぁ……えっと……」 『え? もしかして河野の下の名前?』 「……はい」  なぜかそこで聡衣君が笑った。ミスマッチって。そんなことないです。とても素敵な名前で、成徳さんにとてもよく似合ったお名前ですって伝えると、電話の向こうで聡衣君が、嬉しそうな安堵の溜め息をついたのが聞こえた。 『仲良くしてんだね』 「はい」 『やっぱ、溺愛するタイプだった?』 「! あ、あ、えっと、あのっ」 『ぷくくく。溺愛されまくってるんでしょ』 「あの……いえ……」 『……蒲田さん?』  少し、僕が言い淀んだのを聡衣君は何かあったのかなって感じ取ってしまう。 「僕、経験ないので」  初回は、ちょっと物足りない思いをさせてしまった。 『蒲田さん?』 「でも! 頑張ってます」  次こそは。 「今! お家の周りを四周できるようになりました!」 『え?』 「あと、オンラインダンスエクササイズも取り組んでいます!」 『え? なんで?』 「あ! 久我山さん、ご帰宅されましたか?」 『あ、うん。それはいいから、あの、なんでダンス?』  電話の向こうでかすかにだけれど、「ただいま」って優しい低い声が聞こえた。きっと一次会だけ参加して帰ってきたんだと思う。そのくらいの時間帯。 「おかえりなさいとお伝えください!」 『あ、はい。っていうか、あの』 「なので! 頑張っております!」 『え、うん……え、なんで? オンラインダンス? エクササイズ? どっち?』 「焼肉屋さんでは楽しそうにしてくださっていたし、今度はキャンプに誘っていただけたので!」 『え? なんでキャンプ?』 「次こそは、成徳さんに満足してもらおうと思います!」 『あ……うん。うん?』  右に二回、左に三回。 「あ! 久我山さんにもよろしくとお伝えください!」 『あ、はい』  グルって手を回して。 「それでは、明日のオンラインダンスエクササイズがあるので!」 『は、はいっ!』  失礼します、ってそこで電話を切った。  まだ落ち込まないんだ。まだ、諦めたりしない。 「よし!」  グルって、手を回したら。 「ダンス頑張るぞ!」  三回おっきくジャンプしよう。 「振り付けは完璧!」  明日こそは、全部踊りたい。踊ってみせよう。胡蝶蘭。 「胡蝶蘭さん、ただいま」  そして、明日の仕事に備えて僕はシャワールームへ踊りながら向かった。

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