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第46話 恋がはしゃいでる

 ――次は……。  電車のアナウンス、女性の声が目的地の名前を告げた瞬間、つい、立ち上がってしまった。そしてそのままアナウンスに促されて、開くだろう扉の前に立った。  まるで小さな子どもみたい。  早く早く、これから今日一日楽しいことをするんだから、早くこのドアを開けてよ、ってジタバタする子ども。  電車が駅のホームに到着する前から、ドアの前に陣取っていた。  開いたらその瞬間に飛び出そう。  そして、プシュッと空気が抜けるような音がして、電車のドアが開いた瞬間、一番乗りで階段へと向かう。  前にもこうして成徳さんとの待ち合わせ場所に駆け足で向かったことがあったっけ。  あの時は、階段を一気に駆け上がっただけで、もう全身心臓になったみたいに、呼吸が乱れてしまった。その慌てた様子に笑われちゃったけど。 「お、すご……めちゃくちゃ早いじゃん」  けれど、また笑われてしまった。  今度は息乱して走ってきたことじゃなくて、誰よりも早く改札まで来たことに。他の乗客いなかったの? って思うくらい、他の誰よりも早く改札口を飛び出したから。  誰も追いつけないくらい早く階段を駆け登れるようになったんです。  だから、今は、たくさん体力つけたから、息乱れてないでしょう? 「さすが有能秘書。待ち合わせには遅れない」  有能、かどうかは僕にはちょっとわからないけれど。でもお仕事は頑張っています。もちろん待ち合わせに遅れるなんてことはしません。  しないけど、でも、今日はそうじゃなくて。そうだから急いでいたわけじゃなくて。 「まぁ、俺も早く着いたけどね」  階段を子どもみたいに駆け上がったのは。  成徳さんに早く会いたかったから。 「二人して待ち合わせより三十分以上も早い……」  貴方に会いたかったからなんです。 「さてと……ランチ予約した時間より少し早いから、どっか近くをブラブラでもする?」 「は、はいっ」  二人して早かったから、どうやら成徳さんが予約してくれたランチタイムまではしばらくあるみたいで、僕らは少し近くのお店を散策することになった。 「あ、そうだ。佳祐」 「は、はい!」  わ、って心臓が、ぴょん、って跳ねた。  そうだった。  僕って、もう「佳祐」って呼んでもらえてるんだ。 「また前髪全開」 「! わわっ」  すごい。  なんだかとても親しい間柄みたい。  まだそう呼ばれるようになってからはあまりたくさん会えていなかったから、戸惑ってしまう。  佳祐。  義君にもそう呼ばれているし、家族だって僕のことをそう呼ぶのに。成徳さんに呼ばれると、ちょっと違っていて戸惑ってしまう。くすぐったくてたまらない気持ちになる。  自分の名前を呼んでもらえて、ぽぉっとしていたけれど、恥ずかしいことに、前髪が、変なことに。  そして慌てて抑えた僕の前髪を成徳さんが優しく――。 「? あ、あの、これだと……」  優しく、僕の前髪を――。 「っぷ、あはははは」 「!」  悪戯、されてしまった。  とっても大笑いされてしまった。  今、僕、とてもシチサンピシッとヘヤースタイルですよね? これ。そんな笑わないでください。それでなくても僕みたいに地道なキャラクターでこの髪型をしていたら、もうなんというか、そもそもそんなにない魅力、でもちょっとくらいならあるかもしれない良いところだって泡のように消えてしまうじゃないですか。  ですから、あの、えっと。 「すっごい似合ってるって」 「ん、んもぉぉ…………」  何をしてるんですか。変な頭にしないでくださいって小言をぼやく。  ぼやきながら、またボサボサにならないように前髪を自分の指先で整えて、俯いた。  だって髪の先にまで神経が通っているかのように、心臓がドキドキして仕方がないから、じっと見つめられてしまうと勝手に視線が逸れてっちゃう。 「や、本当に似合ってるって」 「に、似合ってるのもそれはそれで嫌です!」 「いーじゃん、可愛いよ」  そして、前髪をちゃんと戻そうとする僕の邪魔を成徳さんの長い指がして来ることに、また抗って手で抑えて。そんな様子にまた笑われて。 「シチサンじゃ笑われます」 「大丈夫。どっちでも」  僕、真っ赤になってないかな。  いまだに好きな人とこうしてお話できるところに自分がいるっていうの、慣れないんだ。少しでも間が開くとリセットされてしまうように。恋に対して人見知りな自分が出てきてしまう。 「意地悪しないでください、成徳さん」  そこで、成徳さんの悪戯好きな手がぴたりと止まった。もっとシチサンびっしりにされてしまうと断固争うつもりでいた僕は、突然大人しくなった成徳さんの指先に、肩透かしを食らったような気持ちになりながら。  ふと、彼へと視線を向けたら。 「どっちでも……可愛いよ」  そんなことを呟いた彼の頬はほんのり色づいている気がして。  まだ人生で数えるほどしかデートをしてこなかった僕は、何もかも不慣れで、どんな顔をしたらいいのかもわからなくて。 「シチサン……が可愛いわけ、ないじゃないですか」  急いで前髪を直しながら、ちょっと捻くれたことを言ってしまった。

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