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第47話 キュって

「佳祐って泣き上戸?」 「そ……んなことないと思いまずっ」  言い終わるのとほぼ同時に鼻を噛むと、成徳さんが小さく笑った。  だって、とても感動してしまった。  素敵な映画だったから。 「弁護士ってすごいでず!」 「確かに」 「感動でずっ!」 「確かに」  冒頭、刑務所で何もかもを諦めたような虚な表情で項垂れる男性がただ四角く切り取られたような部屋の中で「……俺じゃない」と呟くシーンから始まる。  冤罪を扱った映画で、主人公はこの囚人の冤罪を証明する弁護士。その弁護士の奮闘を描いたものだった。  最後のシーンなんて、涙で少し見えなかったほどだった。冒頭と同じ四角く切り取られたような部屋の中で、その囚人は顔を上げるんだ。顔を上げて、僅かにだけれど口元に笑みさえ浮かべて。  人を守る、助ける、そのことを弁護士という立場から淡々と綴っていた。  とても素敵な映画だった。  僕は感動してしまって、映画を見終わった後も、そのことを語るだけでじわりと涙が目に滲んでしまう。 「けど、佳祐なら弁護士の知り合いだっているだろうし、先生のところにも顧問弁護士くらいいるんじゃないの?」 「いますけど……いますけども」  実際はもっとこう……事務的と言いますか……なんと言いますか。そんな感動するようなことは特に起きなくて。 「でも! 素晴らしいお仕事だと思います!」 「まぁね」 「僕もこの映画を学生時代に観ていたなら、弁護士になっていたかもしれません」 「……」 「あ、あはは、ちょっと安易ですよねっ、映画を見て感化されて将来を決めるなんて」  成徳さんが目を丸くしたから、幼稚すぎて呆れてしまったんだと、慌てて、今言ってしまった自分の発言を撤回した。早口でその前に呟いてしまった子どもじみた発言を押し退けてなかったことにするように。そんな僕を成徳さんがじっと見つめてる。 「いや、俺もそしたら安易だから」 「?」 「この仕事を選んだのって学生の時に見たドラマの影響だし」 「! あ、そのドラマ知ってます! 僕、すごく好きでした! 中学生の頃ですよね! あの時、すごく流行った恋愛ドラマがあったんですが、その家族でテレビを見ていたもので、ちょっと恋愛ものは照れ臭くて……なので、その時間は自室にいたんです。あまり恋愛もその……疎かったし。でもその後、そのドラマは見てました! 僕すごく好きで! 頑張れー! って応援しながら。…………あぁ! あの! 違います! そしたら、安易なんかじゃないです! 成徳さんはとてもかっこいいので! どんな理由であれ、っていうと、その理由がやっぱり安易みたいに  ……でもそうじゃなくて! 成徳さんはすごくかっこいいです! お仕事頑張ってらっしゃいます! …………あぁ! 僕、なんだか一人でたくさん喋ってっ」  うるさかったかもしれない。成徳さんは僕の一人お喋りをじっと見つめていた。 「どんだけ、佳祐の中で俺はかっこいいわけ?」 「あ、あの……」  だってかっこいいですから。 「鼻、真っ赤じゃん」 「! ず、ずびばぜんっ」  慌てて鼻の辺りを抑えると、成徳さんがやわらかく笑いながら、僕の前髪に触れた。  触れて――。 「シチサン……」 「は、はぎゃ! もう! 成徳さん! 僕で遊ばないでくださいっ」  触れたまま、また僕の前髪をシチサンにして笑うから、今度は赤くなった鼻じゃなくて、額を手で覆って。 「シチサンなん、」  それでなくても成徳さんみたいにかっこいいわけじゃないのだから、シチサンになんてしたら、ダサすぎになってしまうじゃないですかって言おうと思った。 「……」  僕たちは映画館を出て、隣の商業ビルディングに入るところだった。別棟になっている映画館で、超巨大スクリーンと最先端の音響施設が売りになっていた。だから、大迫力の怪獣映画が今上映中なのだけれどそちらの方が人気らしくて。巨大スクリーンじゃなくても、音響がものすごくなくても良さそうな法廷ものの映画は少し空席が目立っていたけれど。  でも僕にはその巨大スクリーンに映し出される囚人の表情の変化が素晴らしいと思ったし、冒頭の小さな訴えの呟きも、この最先端音響施設の効果を最大限に発揮していると思った。  じゃなくて、だから、その、つまり、ここは商業施設の屋外なわけで。  人の目があるわけで。  なのに、成徳さんが優しく僕にキスをするから。  僕の前髪をシチサンに分けて、そのまま、僕のおしゃべりな唇に成徳さんの唇が優しく触れる。触れて、離れて。 「ぁ、あの、ここここ、ここっ」 「っぷ」  離れた瞬間、まるでニワトリみたいになってしまった僕に成徳さんが笑ってる。 「鼻どころか顔真っ赤」 「!」  だって、成徳さんが笑うんだもの。  こんな場所でキスするんだもの。  僕のおでこに触るんだもの。 「にしても少し時間中途半端になったなぁ。どっか買い物でもする? あとは……」  まるでたまらなくてついしてしまったようなキスだったんだもの。 「……特に買いたいものはないです」  だから、小さく、あのさっきのスクリーン二番の最先端の音響設備でなら聞き取れるかもしれないくらい、小さな声でそんなことを呟いた。 「あの……」  今のキスがまるで、僕に触れたくて仕方なかったから、と言ってくれてるような気がした。 「僕……」  僕も成徳さんに触れたくて仕方ないって思っていたから。だから。 「俺も、買いたいものは特にないよ」  だから、ちょっとだけ、その成徳さんの手に触れた。  触れて、離れ……ようとした手を優しい指先が捕まえてくれて、キュって。  キュって、しっかり握ってもらえた。

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