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第48話 未熟な誘惑
ランチをして、映画を観て、シアターを出たのは五時だった。
ディナーの予約はしてないから好きな時間で大丈夫って。でも、晩御飯には少し早い時間。かといってカフェでコーヒーを飲んでゆっくりするのにも微妙な時間。
成徳さんは買い物にでもと誘ってくれたけれど。
僕は断ってしまった。
買いたいものが特にあるわけではなかったから。
買い物よりも、成徳さんに――。
「お邪魔します」
「どーぞ適当に座って」
「あ、はい」
まだ二回目、成徳さんのお部屋にお邪魔するのはいまだに慣れなくてドキドキしてしまうけれど、またとりあえずでソファに座った。
「コーヒー飲む? 水の方がいい? さっき号泣してたから水分不足」
「そ、そんなに泣いてませんっ」
笑いながら僕の隣に座って、炭酸水のペットボトルをふたつ、テーブルに並べた。
「ちょっと感極まっただけです。あ、そうだ、さっき、映画館で買ったパンフレット一緒に見ますか?」
「買ったんだっけ。パンフレット。そんなにこの映画楽しかった?」
「はい! とっても」
コクンと頷いて、カバンに入らなかったからずっと手に持っていたパンフレットを開いた。表紙をめくると、一枚目には映画のシーンの瞬間、瞬間が写真に切り取られ、見開きのページいっぱいに敷き詰めるように並べられている。
感動したシーンはやっぱり大きな写真になっていたし、細かい写真にも、今さっき見てきたばかりだからか、その時の声まで蘇ってきた。
「僕、ここのシーン好きでした」
「あぁ、そこか」
「あと、ここも」
「そこ、よかった」
「ですよね!」
そんな映画の感想を言い合いながら。
「あと、僕はこのシーンがすごくカッコよくて」
「……」
「ここなんてガッツポーしちゃいそうになって……」
パンフレットの中に敷き詰められた写真、その小さなものまで食い入るように見つめて、ほら、ここなんてって指差しながら顔を上げた。
「……」
そしたら、僕を見つめる成徳さんと目が合って。
キスをした。
「ん……」
触れたかった唇がキスをくれた。
とても嬉しかった。
僕も。
「……ン」
僕も、キスがしたかったから、とても嬉しかったんだ。
お買い物を断ったのも、成徳さんと早く、その。
「ぁ……あの、成徳さん」
「……」
あの、なんです。
ぎゅっと、成徳さんにしがみついている僕の手から伝わればいいのに。
「佳祐?」
でも魔法なんて使えるわけがないから、伝わるわけがなくて。ちゃんと言わないと、いけなくて。
言い出しにくいけれど、その……なんです。
「……」
不慣れな僕は上手に誘う方法も知らないから、ただ、そっとキスを、僕からもした。ぎこちなくて、下手だろうけれど、でもそっと触れて。
「あの……」
そっと離れながら、モゴモゴと。
「僕、が、します……」
小さな小さな声で。
「僕も、します……ね」
言葉にするのはこれが精一杯。魔法も使えないし、不慣れ極まりないけれど、上手になんて誘えないけれど、あとはキスで伝わってくれないだろうかと、またそっと口付けた。
体力ならバッチリ。ダンスだってもう大丈夫。
「…………よし」
シャワーで身体はたくさんきれいに洗った。
バスルームの鏡に写っている自分が真っ赤だった。湯上がりなのもあるだろうけれど、でも特に頬が真っ赤だった。
身体を拭って、この前と同じ家着を借りて、下着は――。
「っ」
付けずにそのまま。
せっかく用意してもらえた家着の下、ズボンもそのまま履かずに。でも、見えてしまっては恥ずかしいからと上をできるだけ下へ引っ張って伸ばしながら。
「あの……」
寝室へ向かうと成徳さんがベッドの上にいた。小さな声で呼ぶと、スマホを眺めていた視線をこっちへ向ける。
「……ぁ」
僕を見つめて。
目が合うと、ソワソワしてしまうけれど。
息がつっかえてしまいそうになるけれど。
「お、お邪魔します」
でもその視線に狼狽えながらもそっと成徳さんの待つベッドに乗っかった。
「佳祐」
ベッドの上をジリジリと移動して、合せるようにベッドに背中をもたれかけた成徳さんが僕を引き寄せて、キスをする。
今度のは触れるだけじゃなくて、深くて絡まる呼吸の仕方に気をつけないといけないほうの。
「ん、ン……んんっ、ン」
濃いキス。
「あ、ふ……」
僕はまだこのキスに答えるだけで精一杯だけれど、でも――。
「あの……」
わ。
って、指先が驚いた。
だって、成徳さんのがもうちゃんと、すごく。
「よ……」
「よ?」
問うように首を傾げる成徳さんに、コクンと頷いた。
頷いて、びっくりして引っ込めてしまった指先でもう一度、触れる。
熱くて。
ちゃんと、硬い。
ちょっと触ったら、呼吸を乱してくれたのが嬉しかった、だから、今度はもう少しだけちゃんと触って。
指で硬さを確かめて。
その硬さに息を呑んで。
もっと、ちゃんと、触ろうと。
もっとちゃんと成徳さんに気持ちよくなってもらおうと。
「よ」
たくさん貴方にしてあげようと。
「宜しくお願いします」
そう、今にも消えてしまいそうな小さな声で宣言をする。
その宣言に同じくらい小さく笑いながら、成徳さんが。
あぁ……って。
とても優しい声で返事をしてくれた。
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