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第53話 貴方の声を
成徳さんに、縁談。
「……まぁ、時代錯誤と言われるかもしれないけどね。でも、とても……蒲田君?」
そんなの、だって、成徳さんは僕の――。
「蒲田君?」
「! はいっ」
先生はご友人の大事な娘さんに勧めるからにはどんな人物なのかわかってないといけなくて、きっと、僕が親しくしている人なら大丈夫だろうと。
「仕事の面では優秀でも、人となり、というものもあるから」
先生。
彼はとても素敵な人なんです。
「でも、君が親しくしているくらいだ。申し分ないと思っているよ」
そうなんです。優しくて、お仕事だって優秀で、本当に素敵な人なんですよ。僕の。
「僕は蒲田君の友人に悪い人はいないと思ってる」
違うんです。彼は、友人じゃないんです。
彼は、僕の。
「君は本当に真面目だから」
僕の。
「さて、僕はそんな真面目な君に叱られる前にこの資料に目を通しておかないとだね」
僕の――。
「……はい」
僕の人、なんです。
けれど、それは……いつまでだろう。
いつまで僕は成徳さんのことを、独り占めできるのだろう。
考えたこと、なかった。
今、彼とこうしていられることが僕にはとても嬉しいことで、今、成徳さんと交際していることだけで僕にとってはとても幸せなことで。
それがこの先、どこまで続いているのかなんて考えたことなかった。
いつまで、なのかな。
だって、恋愛対象は女性で、成徳さんと家族を作れるのも女性で、彼も今まではそれを願っていたわけで。結婚だって、そのうちって思ってたと思う。
大変はお仕事だ。
そんな彼の支えに僕はなれない。僕にも大事な仕事があるから。今だって、次に会うのはいつになるのか。でも、そのお見合い相手の女性なら成徳さんの「良いパートナー」になれる。支えてあげられる。
僕は――。
「午後からの会合までに宜しくお願いします」
「うん、わかったよ」
「失礼します」
もう少し我慢して。
「ちょっと席を外しますので、何かありましたら、後で伺います」
「あぁ、ありがとうね」
「いえ」
もう少しだけ我慢しなくちゃ。
おかしいことだから。
急に友達にとてもいい縁談のお話が来たからって泣いてしまう人はいないから。だからもう少し我慢しなくちゃ。
お辞儀をして、顔をちゃんと上げることなく俯いたまま室を飛び出した。
「……っ」
飛び出して、外に出た。けれど、息ができないみたい。喉奥がキュッと閉まってていて、徐に手を廊下の壁について俯くと、胸の辺りがぎゅっと苦しくて。
大事にしていた宝物。
僕の。
キラキラに輝いているその宝物を手にぎゅっと持っていた。なのに、それは君が持っていてもだめなんだよ? もっと、それに似合う者が他にもいるのに、君がそうやって持っていたら、全て台無しじゃないかと言われたような。
その宝物を大事にするのは君のじゃないでしょう? って。
言われてしまったような。
「っ」
そんな落胆が吐息になってキュッと堪えて震える唇からこぼれ落ちてしまいそうで、どうしたらいいのかわからないまま、その唇をとにかく、ただ必死に結んで閉じるしかできなかった。
閉じて。
言えなかった。
彼には僕がいるんです。
その続きなんて一つも、言えなかった。
彼にはすでにいるみたいですよ。
そう言えばいいだけなのに。
先生なら、きっと、そうなのか、と言ってすぐに諦めてくれると思う。でも――。
そしたら、そんな良縁を断ってしまうことになる。
だって、成徳さんは言ってたから。
―― この仕事を選んだのって学生の時に見たドラマの影響だし。
僕もそのドラマを見ていた。同級生だから、当時とても面白くて、毎週の楽しみだったのを覚えてる。クラスではその同じ曜日に放送されていた恋愛ドラマの方が人気がすごくて、僕の大好きなあのドラマはちっとも話題にならなかったけれど。
ワクワクしながら見てたっけ。
武器も持たず、力ではなく、あるのは強い信念。それだけを胸に掲げて、国を変えていく。ヒーローみたいだった。
成徳さんはそんなドラマを見て、今のお仕事に就いたって言っていたんだ。だから。
「!」
内ポケットに入れていたスマホに着信が。
見ると成徳さんだった。
僕は慌ててその電話に出ると、小さく、成徳さんが「はや……」って笑ってる。
『こんばんは』
優しい声。
「こ、こんばんは」
『今、平気? まだ仕事中だろ? 今日は早めに上がれるの?』
「あ、いえ……まだ当分……」
『そっか』
「成徳さんは」
『俺もまだ。次の法案に提出される案件でね』
「そう、なんですか」
まだお仕事中だったんだ。
お疲れ様です、と告げれば、本当だよって笑いながら言ってくれた。少し疲れてる様子だった。溜め息はついていないけれど、なんというか、声が微かに掠れて、吐息混じりになっている。
お仕事中ならまだデスク、なのかな。
でも、周りに人はいなさそう。
電話の向こう側から物音や人の話し声は聞こえないから。
疲れているけれど、でも、穏やかな声。
まだ――。
『そんなわけだから』
まだ縁談のお話を知らないみたい。
『またしばらく会えそうもないけど』
「……はい」
『次、しっかり休み取れたら、キャンプでもする? 本気の。テント張ってさ』
「……はい」
してくれるの、かな。
『佳祐が間違えた火口で火を起こして』
「もぉ、またからかう」
僕と、してくれるんでしょうか。
「あの、成徳さん」
『んー?』
僕と交際、してくれるんでしょうか。
「成徳さんはどうしてあのドラマを見てそのお仕事に就いたんですか?」
『何? 急に』
「教えていただきたいんです。その……」
『それは――』
成徳さんにとってもとても良縁なお話があると知っていても。
もともと異性愛者の貴方にとってはとても自然な家族の形を作れるとわかっても。
それでも、貴方は僕を。
電話越しの成徳さんの柔らかい声を聞きながら、僕はまるで最後かのように、その声をただ、ただ。
ちゃんと覚えておこうと、耳を澄まして聞いていた。
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