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第59話 初恋

 ふわふわ、する。  初めての時も、終わった後に一人でお風呂に浸かりながらそんなことを思ったっけ。  あの時は一回だけでも、もう僕はとろけてしまって……いや、溶けてしまっていたかも。本当にそのくらい力が入らなかったから。  今も力が入らないけど、でも。 「え、えっと……好きなタイプ、ですか?」  でも、一人でお風呂に入ってるわけじゃないから、大丈夫、かな。  でもでも、恥ずかしくて、照れてしまって、別の意味で溶けてしまいそうだけれど。 「そ、佳祐の好きなタイプ」 「好きな……」  好みのタイプはどんな人なんだろうと考えたことはなかったな。 「ど、どうして、ですか?」 「いや、だって、久我山のこと好きだったでしょ? 俺と久我山、タイプ違うでしょ。  背後にいる成徳さんが僕の濡れ髪を指でいじりながら、そんなことを言った。  そう、今、二人でお風呂に入っていて、浴槽の中で重なるように僕は成徳さんの足の間に座って、膝を抱えて、その僕を成徳さんが抱えて。 「え? そうですか?」 「はぁ? 似てないでしょ」  この状況も相まって本当に溶けてしまいそうだ。  たくさん、した。  本当にたくさん、何度も何度も、だって成徳さんが僕の全身にキスをするんだもの。  キス、気持ちいいんだもの。  成徳さんが触れたところ、全部、気持ち良すぎるんだもの。  成徳さんが……。 「成徳さんの方がかっこいいです」  大好き、なんだもの。 「……まぁね」 「はい」 「っぷは、そこ突っ込むところだから」 「?」  首を傾げると、背後でまた成徳さんが笑ったのがわかった。 「どうして俺なんかがいいんだか」  そう小さく、溜め息混じりに、まるであきれたかのように呟いたのが聞こえた。 「なんかじゃないです。成徳さんがいいです」  だから、膝を抱えながら、前向きの姿勢でそう宣言する。 「優しくて、紳士で、それから一緒にいると楽しくて仕方がないし、あと、なんでも知っていて博識で尊敬してもいます。それから」 「……なんか」 「?」  成徳さんが背後から僕を抱える腕に力を込めた。 「そのうち思ってたのと違うって、佳祐に逃げられそう」 「! に、逃げません! どうして、そんなこと!」  ありえないことを言われて、慌てて振り返った。 「まぁ、逃げられそうになっても離してやらないけどね」  振り返ったら、じっと見つめられていて、その瞳がとても綺麗で、真っ直ぐで。  心臓が、ドキドキって、うるさいくらい。 「全然好みと違ってたって言っても」  その告白の言葉に、瞳に、あと、僕を引き寄せてるその腕の力強さに、心臓が。 「……せ」 「?」 「成徳さんしか好きになりません」  躍る。 「本当です」 「……」 「本、と……ぅ、ン」  もっと引き寄せられて、そのまま齧り付くように深くキスをしてもらったら、お湯がチャプンと音を立てた。 「……ん」  たくさん、してもらったのに。  本当にたくさん。  離してあげる気はないからと言ってくれた成徳さんの腕の中で何度も何度も達した。なのに、そのキスで、またお腹の底が熱くなる。 「せ、成徳さんこそっ」 「?」 「僕、なんかでいいんですか? その、交際する、の」  目をそこで丸くしないでください。  だって、そうも思うでしょう? あなたの恋愛対象は――。 「僕はそもそも恋愛対象に入らないはずなのに」  男性っていう時点で除外されるはずなのに 「じゃあ、俺の好みのタイプ教えてやろうか」 「! はいっ」  それはぜひ知りたい。貴方にもっと好かれる方法が見つかるかもしれないと前のめりで返事をすると、その元気のいい返事に目を大きく二回、パチパチと瞬きしてから笑っていた。 「好みのタイプは健気で、なんでも一生懸命で、間違ったことは絶対に正す、そんな正義感があって、アウトドアを初心者なのに一人でやろうとする行動力もある奴で、植物を大事にしてて、あ、でかい胡蝶蘭を電車で持ち帰ろうかと思ってる無謀なとこもあって。少し天然かな。けど可愛くて」  途中から、僕に見覚えのある出来事が連なっていた。天然……ではないけれど。 「それって……あの」 「そ、今、目の前にいるのがタイプ」  でも、僕じゃ。 「違ってたのは性別くらい」 「……」 「性別は大した問題じゃない」 「……」  大した問題でしょう? 「だから、他に俺を譲ろうとするなよ」 「……」 「わかったか?」 「……はい」  やっぱりかっこいい。濡れ髪の貴方に見つめられるだけで、どうにかなってしまいそう。 「誰にも、譲りません」 「……」 「僕の、もの、です」 「よくできました」 「僕の」 「そ」  たくさん、したはずなのに。  恋はなんてわがままで、なんて、しようのないものなんだろう。 「佳祐のだよ」 「ン……」  あんなにたくさんしたはずなのに。 「ン、成徳、さんっ」 「うん」 「僕の、成徳、さん」 「あぁ、そ」  あんなに離さないと言って僕を抱いてくれて、嬉しくて、満たされたはずなのに。 「あっ、成徳さん」 「好きにしていいよ。佳祐の」 「ぁ……僕、僕っ」 「全部、佳祐にあげる」  またしたくなるなんて。どうかしてしまったのかな。  足りないとかじゃない。でも、またしたい。  この人と、したくてしようがない。 「ぁ……ン」  恋はなんて強欲なんだろう。 「欲し、ぃ」  久我山さんのこと好きだったはずだけれど、それとは全然違う。僕は、もう誰にも譲らないし、あげられない。成徳さんのことは誰にもあげたくない。 「佳祐、っ」 「ぁ……あ、入れた、ぃ、ここ、に……この、大きいの」 「っ」  背後に手を伸ばして、そっと湯の中でいきり立っているそれに触れた。太くて、湯よりも熱くて硬い、成徳さんの。それに手を添えて、自分の身体の奥まで、それをそっとそっと入れていく。 「あ、あぁっ」  恋がこんなにどうしようもないだなんて知らなかった。今までのとは全然違うから。 「あ……成徳さん」  きっとこれが初恋なんだと思う。 「ン、僕の、成徳さん」

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