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第60話 牛乳買って帰りましょう。
「で? 何この奇妙なメンツ」
「仕方ないだろ。礼がしたいって言うんだから」
「いらないわよ。借りを返しただけだもの」
「いえ! いります! 本当に、その節はありがとうございました!」
大きな声でお礼をすると、その美人な成徳さんの同僚が目を丸くした。
「まぁ、そんなわけだから、佳祐の気が済むまで付き合ってやってよ」
「お願いします! あの時、ああして来ていただけなかったら、勇気持てませんでした」
「大丈夫だって。俺があの時、ちゃんと迎えに行こうと思ってたし」
「でも、それじゃ、僕は遠慮してしまってましたっ! 大事な成徳さんの未来を僕が壊すわけにはいかないって」
きっと頑なに拒否して逃げてしまっていたと思う。僕では貴方を幸せにはできそうにないと。そして、いつか終わる恋なのだから今、ここで終わらせても構わないと、本当なら一番言いたくないことを口走っていたと思う。そしたら、それこそ終わってしまっていたかもしれない。
だから、あの時、やっぱり僕は成徳さんを渡したくないと、自ら行動をしないといけなかったんだ。
先生もよく仰っていた。
自らの意思で行動する、それがとても大事だと。それが信念に繋がっていくと。
「大事なのは佳祐だからさ」
「……成徳さん」
「……」
「ねぇ……私、今ここにいる必要、ある?」
「あああああ、あります!」
つい、二人で話し込んでしまった。二人ではないのに、こうして二人で話し込んでしまったら、三人目の彼女はとても退屈してしまうのに。
これが三人グループというものにおいて大きな欠点だ。
三人だとうち二人がとてもコアなことで話し込んでいたら、残っている一人はとても退屈で、人によっては苦痛にさえ感じる時間になってしまう。かといって、四人だと完全に二人組ずつに分かれてしまって、それはそれで四人の意味を見失ってしまう。
気をつけないと、です。
すぐに僕は成徳さんのことしか考えられなくなって、見えなくなってしまうから。
「大変失礼いたしました」
深くお辞儀をして、早速、大事な用件を、と、紙袋から今日買ってきた菓子折りを差し出した。
「お口に合うといいのですが……甘いもの、お好きと伺いました」
「よく知ってるわね」
「情報戦は得意分野です」
「あ、そう……じゃあ、まぁ……遠慮なく」
わ。
すごい。
「……何よ」
「あ、いえ……今の言い方、成徳さんに似てるなぁって」
「は、はぁぁ? 似てないわ! やめてよ!」
「似てないでしょ! やだよ。俺こそ」
「それはこっちのセリフ」
「ったく、そんなだから」
「何よ。恋人ができたからって余裕ぶらないでよね」
楽しい。
「ちょっと、なんでそんなにこやかなのよ」
「佳祐? なんで笑って」
「だって」
くすくす笑いながら、僕は今日一番のおすすめと店員さんが仰っていた日本酒を一口飲んだ。
「お二人がそっくりだなぁって」
そう言って、ふふふと笑ったら、二人が同時に、声を重ねるように息をピッタリ合わせて「そっくりじゃない!」なんて言うものだから、本当は双子さんなのかと思った。
日本酒って、あんまり飲まないんだ。
でも今日いただいたお酒は美味しくて、少し飲み過ぎてしまったかもしれない。ちょっと足元がふわふわしてる。
「はぁ……飲んだ飲んだ」
「はい」
彼女は近寄り難い雰囲気すらあるような美人だけど、お話をしてみたらとても楽しくて、とても愛らしい人だった。
「楽しかったです」
「なら、よかったよ」
たくさん笑った。こんなお酒の席は初めてで。
「お二人が交際していたって勘違いをしてたって、お話ししたら、二人して息ぴったりに、ありえない! って叫ぶから、僕もうおかしくて、おかしくて」
「こっちはおかしくない」
「ふふふ」
なるほど。
「おい。こら。酔っぱらぃ」
だからいつもは飲まない日本酒いただいちゃったんだ。
楽しくて、おかしくて、たくさん笑ったから、なんだか弾んでしまって。会話も気持ちも。それでつい気が大きくなって日本酒なんて飲んじゃったんだ。
「はい! 酔っぱらいです」
「ったく」
「前に僕が介抱して送り届けたことあるので」
「あぁ、あったな。あれは相当酔っ払ってた。考えてみたら、あの時にはもう」
「もう?」
「…………なんでもない」
「もう、なんですか? 牛さんですか? 僕、牛乳毎日飲んでます」
「あっそ。あ、けど、うち牛乳切らしてるわ」
僕、人見知りなんです。
海外生活が長かったこともあって、親戚の集まりなんて大の苦手だったんです。ほら、両親が「それではそろそろお暇を……」っていうまでは僕のいないといけないでしょう? 打ち解けるのにも時間かかるし、従兄弟たちはしょっちゅう会う機会があるのか既に親しげで。僕はその輪の中に入るのが下手でしょうがなかった。
それなのに、今日はもう最初から楽しくて。
「仕方ない。牛乳買って帰るか」
「……え? あの」
「今日、佳祐はうちに泊まる」
「……」
「ここからじゃ佳祐のうちの方が遠いし、そこまで送ってから帰るんだったら、佳祐がうちに泊まってくのが一番合理的だろ」
一人で、帰れますよ? 酔っ払ってはいるけれど、あのお正月の成徳さん程には酔っていないので。
「だーめ。こんな可愛い生き物一人で帰らせられないでしょ」
「!」
「さらわれる」
そんな物騒なことを呟いてから成徳さんが僕の手を取った。
「だから今日はうちにお泊まりだ」
「……」
「っていうか、そのうち、一緒に住むのもいいかもな。お互い、仕事忙しいし。会うタイミング合わないってこと、多いだろうし。そしたらタイミングもなにもないだろ? まぁ、今すぐじゃなくても。そのうち」
そんなの、なんて楽しそうなんだろう。
想像しただけで、ドキドキして、いつ、そうなれるのだろうとワクワクしてしまう。
「酔っ払い」
だって、楽しかったんです。
僕、人見知りなのに今日はたくさん笑ってたくさんお話しして、たくさん飲んでしまったんです。
「そんな可愛い顔、無防備にしないよーに」
だって。
「本当、さらわれるぞ」
だって、貴方といると、いつも、ずっと、ずーっと。
「その前に俺がさらおう」
「はい! ぜひ!」
「あははは」
楽しくて仕方がないんです。
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