62 / 86
新年のご挨拶編 1 入れたい成徳さん
僕、初めて自分のことを案外才能あるのではないかと思ったんです。
だって、これ絶対に最高でしょう?
もう間違いないでしょう?
こんなところで、なんて、絶対に絶対に、ぜーったいに、美味しいに決まってるでしょう?
キャンプカレー。
と言っても、明日、成徳さんは出張で朝早くて、僕も明日は先生と一緒に外での会議が目白押し。「クリスマス? 何それ美味しいの?」状態で忙しい。
この「クリスマス? 何それ美味しいの?」というフレーズはこの間、新人秘書の女性スタッフに教えていただいたギャグで、この「クリスマス」にはどんな単語を入れてもOKなのだそうです。
自分自身からは縁遠い存在にあるものならなんでも。
例えば、成徳さんの苦手な椎茸。これも成徳さんの日常には縁遠いので、クリスマスの代わりに入れてみると……。
椎茸? 何それ美味しいの?
…………ちょっと、どんな単語でも、というのは間違いのようです。食べ物以外が良さそうです。なるほど。
椎茸とかでは本当に成徳さんが椎茸を食べたことがないように聞こえてしまう。
食べてます。
たまにだけど、ちゃんと、なんでも食べてます。
この前、なんかは――。
「おーい、佳祐、もう入れるぞー!」
「! は、はい! でもまだです! もうしばらくお待ちください!」
手に取ったストールをじっと見つめながら、教えてもらったばかりのギャグに関して物思いに耽っていたら、ガラス窓の向こう、成徳さんお気に入りのテラスの先で、これまた成徳さんのお気に入り、でも僕も気に入っている天然芝の上に佇んだ、そのお気に入りたちに囲まれた成徳さんが僕を手招いた。寒そうに肩をすくめてる。ダウンコート着た方がいいですよって言ったのに、庭なんだからいらないなんて意地を張ってる。
そういうところ、なぜか頑固なんです。
でも寒いでしょう?
昨日はそこまで寒くなかったから大丈夫と思ったけれど、予想は大外れ。昨日よりもずっと冬らしさが増していた。いくら昼間だからってこれでは風邪を引いてしまう。庭先だからと油断している成徳さんは薄着のままだから。
外で、明日からの出張なのに成徳さんに風邪なんて引かせられませんと、大急ぎでそのストールを届けに――。
――ブブブブ。
お尻のポケットにしまっていた僕のスマホが「おーい」って振動した。
「……わ」
電話の主人は意外な人だった。
「はい。もしもし?」
聡衣さんだ。
『もしもし?』
「お久しぶりです」
もう半年くらいお目にかかってない。アルコイリス二号店はとても大人気のようで、忙しいと義君から聞いているから、なんだかご連絡するのが気が引けて。
ちらりとホームページを覗いてみては、聡衣さんの取り揃えたスーツとそのスーツに合わせたワイシャツ、小物のアクセサリーに素敵だなぁ、こんなのが似合う人になれたらいいのになぁって。ネットで購入できるみたいだけど、でも、名前で僕だと知られてしまうだろうから、少し気恥ずかしくて。
だって、聡衣さんほど色っぽい魅力は僕にはまだまだ出せそうにないから。
「この間は美味しい梅干しをありがとうございました。成徳さんとおにぎり祭りを開催させていただきました。とってもいいお天気の中、美味しくいただきました」
『……』
そう、おにぎり祭りをしたんです。夏の終わり頃に、やっぱり多忙な成徳さんとキャンプの代わりに庭先でピクニックをしようって。でも、おにぎりとおかずをただお弁当に詰めるのも少し味気ないかなと、テラスのところでご飯をおひつに移して、その場でおにぎりにして。具材はいくつか並べて、ちょっと楽しそうでしょう? 僕は、あまりにも楽しくておにぎり四つ、食べてしまって。お腹がはち切れるかと思ったんです。
「あれ? この電話、聡衣さんからでは? 勘違いしてしまいまし」
大慌てで、一度スマホの画面を確認すると、やっぱり聡衣さんから電話で間違いなかった。
「……て、ませんね。聡衣さんだ。あのー、間違え電話かけちゃいましたかー? 聞こえていますかー?」
『あ、えっと、ごめん。あの、聞こえてます』
「よかった。間違えてかけておられるのかと。すみません。僕ばかりお話してしまって。そしてどうされましたか?」
尋ねると、聡衣さんのご実家に久我山さんがご挨拶に伺うことになったと教えてくれた。お正月なら、休みがお二人とも揃えられるからと。
「それは、おめでとうございます」
『あ、うん。けど、じゃなくて』
「はい」
『あの……』
いつもハキハキとしている人なのに、珍しく戸惑っている様子だった。
『俺、まだ親に言ってなくて、さ。あ、でも、多分知ってる。知ってるとは思うし、そんな感じのことをふわりと言われたような、そうでないような。けど、そんなだからはっきり言い切れてなくて、知ってるだろうけど、知ってるならもう敢えて言わなくてもいいやと放っておいたら、さ』
「それはつまり……恋愛対象の……」
『あ、うん』
「でも、あんな素晴らしい人、きっと聡衣さんは世界中に自慢したくて仕方ないのでは?」
『あ、うん』
そこはいつもの聡衣さんらしく、はっきりとおっしゃるところが素敵だなぁって。
「なら心配されることはないのでは?」
ご自身はあまり気がついてないのかもしれない。けれど、聡衣さんは久我山さんのことを話す時、とても幸せそうに、宝物自慢をするようにお話をする
僕もそうなりたいなって、いつも思っていて。聡衣さんのようにしなやかで可憐で、それでいて強く、しっかりとした人に。
「僕も成徳さんはとっても自慢の素晴らしい恋人です……えへへ……えへ……うふ……えへへへ、恋人と言ってしまいました。それでですね。その恋人を、この前、自慢してしまいまして。聡衣さんもご存知かと、同僚の女性の方がいらっしゃるのですが、その方が、どこがいいのだ? と問うてくださったので。河野さんの素晴らしいところを丁寧に説明して差し上げました」
その時だった。ガラス窓の向こう側、つい話し込んでしまった僕にも見えるようにと成徳さんが手をぶんぶん振っている。
「おめでとうございます。それでは、河野さんがもう我慢できそうにないので」
『え? 河野いるの? あ、ごめんっ、なんか』
はい。おります。
今、キャンプカレーの製作真っ只中です。お昼ご飯はカレーライスなのです。
「大丈夫です。今すぐ入れたそうにしてますが、まだダメでしたので少し辛抱していただいてるんです」
『え? えぇ?』
でももうそろそろ良さそうです。
ちゃんと煮込んでから入れるととっても美味しいんですよ。
カレールー。
「頑張ってください。楽しいお正月、お迎えくださいね」
『え、あ、うん』
「そろそろ入れてもいいかと思うので。失礼します」
カレールー。
『あ、こちらこそごめんっ。最中に』
「いえいえ」
そして、電話を切った。
「お待たせしました」
「遅い。電話」
「ちょっと聡衣さんからご連絡が」
「は? 何?」
優しい方だなぁ。お友達の聡衣さんに何かあったのかと心配して。
「とりあえずカレールー入れます! そして成徳さんはこれを羽織ってください」
「いらないって、大丈夫」
「じゃないのです」
聡衣さんに宝物があるように。
「風邪引いたらどうするんですか」
僕にも宝物があって。
大急ぎでその宝物を優しく優しくストールで包み込んだ。
ともだちにシェアしよう!