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新年のご挨拶編 2 隙間なし
「うっま……なんだこれ」
「ホントですね。美味しいです。こんなふうになるんですね。すごいです」
テラスの端に腰を下ろして、膝の上にはさっき持ってきたストールを敷き、ピクニック気分でカレーライスをパクりと食べた。
成徳さんと一緒に暮らすなら、と、僕が見つけたこのマンションの一階には庭がついていて、その先にはガレージもある。駅から近いこともあって、そのガレージのところに車を置いてる人もいれば、私有地として活用している人もいて。僕らのお隣にはもう定年を迎えられたご夫婦が住んでらっしゃるんだけど、もう定年と同時に車もいらなくなったから、そのガレージで家庭菜園を始めたとこの間、お話しした。でも、この時期はあまり採れないのが退屈なのだと。
僕らはそのガレージに車を停めている。そろそろ買い直そうかなと成徳さんが言っていたけれど。でもまだそんなに古いわけでもない、キャンプに行くためにだけ買った車。通勤は僕も成徳さんも、ここからなら電車で充分。
ただ、最近はあんまりキャンプに行けてなくて。
コンロをお外に持ち出して、お鍋は、先生がプレゼントしてくださったのを活用させていただいた。アウトドアキャンプ用の焚き火OKのお鍋セット。ミルクパンから、平べったいパエリアにも使えるサイズのお鍋に、深鍋、どれも取手の取り外しができて、尚且つ、上からぶら下げて焚き火の上にセットすることも可能な万能キッチンツール。成徳さんが言うには、キャンパーの間では大人気のメーカーのものらしくて、とても喜んでいらっしゃった。
これでなんでも外で作れるって。
でも、最近は……。
「野菜ジュースだっけ?」
「はい。大胆にどっばどっば使ってくださいと教えていただいて」
「ふーん、すごいな水の代わりに野菜ジュース使うだけでこんなに変わるのか」
よかった。
楽しそうにしてくれてる。
お仕事がお忙しそうではあるけれど、でも、それでも、以前はその忙しい合間を縫ってキャンプに行っていたのに。最近はお休みがあってものんびり過ごしているようで。僕が仕事を終えて帰ってくると、大概、リビングでのんびりしていらっしゃる。
少しお疲れなのかなぁと、心配して、今回、カレーを外で食べてみませんかと誘ってみたんだ。
カレーも気に入ってくれたのか、美味しそうに食べてくれてるし。
流石に飯ごう炊飯は僕では失敗してしまいそうだったから。それだけ室内のキッチンの方で炊いて、保温状態でこっちに持ってきた。
「すごいですよね」
「職場で教わったんだっけ?」
「はい。新しく入ったスタッフの女性なんですが。趣味がお料理らしくて。僕は、お料理上手じゃないとお話ししたら、色々教えてくれたんです」
「ふーん」
「それですね、たまたま動画でキャンプでカレーを作るのを拝見して勉強していたら、そのスタッフの女性が美味しいカレーの作り方を教えてくださって」
「へぇ」
「一番得意なのは無水カレーなんだそうです。でも、それは僕には難しそうだったので、少しでいいから水分をって言って、この方法を。無水カレーの方が得意なのに、僕にも作れるカレーを教えてくださって、感謝なんです」
「っぷ」
「?」
「いや、別に」
?
成徳さんは笑いながら、残り一口のカレーを食べると、おかわりと言って立ちあがろうとした。
「あ! 僕が!」
「いいよ。ほら、佳祐の分も、まだ食べるだろ?」
「! はいっ、いただきます」
おかわりしてもらえた。
ほら、鼻歌も歌ってる。
「その女性スタッフ、名前は?」
「? 福島さんです」
「福島ね」
「? はい」
にっこりと笑ってくれたし。
やっぱりアウトドアお好きなんだ。
おにぎり祭りも、今回のカレーも庭先だけれど、提案してみてよかった。
「まぁ、別に入り込める隙間なんてないけどな」
「?」
隙間? どこに? というか何が入り込むんでしょう? うちの中に? え? 隙間? 虫とか?
「ほら、おかわりのカレー」
どこかに隙間があるのだろうかと、振り返って、窓の辺りをじっと見つめていると、笑いながら、成徳さんがおかわりのカレーを持ってきてくれた。
「あ! すみませんっ。ありがとうございます」
「けど、美味いな。このカレー」
「はい! 今度、義君にも教えてあげようと思います」
「あぁ。そうね。いいんじゃない」
「はい」
「……天然」
「?」
成徳さんがもぐもぐ食べている僕の頬を指先で撫でて、くすくすと笑った。
「! す、すみません。ほっぺたにカレーでも」
カレーでもくっついてしまっていたのかと思った。テーブルがない状態でカレーを食べるのは初めてで、戸惑ったから、口元を汚してしまったのかと、大慌てで、そのカレー皿を自分の横に置き、布巾で顔を、拭おうと――。
「カレーがくっついてたわけじゃないから」
「あ、そう、」
あ、そうでしたか、それならよかったです。そう言おうと思ったけれど、それは言えなかった。
「……」
キス、したから。
「っぷ、カレー味」
「! す、すみま、」
すみませんと、言いたかったけれど、また言えなかった。
今度のキスは、少し深くて。
「……ン」
長くて。
「ん」
ドキドキする、キスだったから。
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