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新年のご挨拶編 5 欲張りさん
「お疲れ様です」
廊下ですれ違った方に小さく会釈をしながら、挨拶をして、腕時計を見た。
今日は早く仕事が終わってしまった。きっと普段なら、やったー! って大喜びで帰るだろうけれど、今日も成徳さんはお仕事で帰りが遅い。接待が入ってしまったようで、帰るのは日付が変わるギリギリくらいだろうって、連絡が来ていた。
仕方がない。
もう年末だから、あっちこっちに顔を出さないといけないんだと思う。そして、そんなふうにどこかの忘年会やら接待に呼ばれる度に、その日、早くに仕事を切り上げなければいけない分、予定の入らなかった日に残務処理をしないといけなくて。ほぼ毎日、帰りが遅くて。
僕は、成徳さんがいないのだから急いで帰ったところで、と、仕事を頑張って片付けてしまって。
その結果、今日は残務処理も空っぽになってしまった。
今日は仕事が空っぽになったけれど。明日はまた忙しい。ちょっと遠方に出かけるから、朝がすごく早くて、帰りも遅い。その翌日も一日多忙になるのが確定していて。
一緒に暮らすようになる前は、週一回会えるかどうかだったのに。
今は、少し、ちょっとだけ、もっと一緒にいたいと思ってしまっていて、少しずつ欲張りになっていることに戸惑う。
僕は自分が欲張りな人間だって知らなかった。
こんな欲張りさんだとバレてしまったら、成徳さんは僕のこと――。
「…………長期休暇」
そんなお知らせの看板が義君のお店の扉にぶら下げられていた。
年末年始は確かに休んで買い付けに行っていた。お店を経営するようになってからはずっと毎年そうしていた。だから、ぼくが学生の頃、それから先生のところでまだアシスタントとして仕事をしていた頃は、お正月に親戚の集まりがあっても義君だけはいなかったけど。でも、今回は行かないだろうと思ってた。
「佳祐? どうかした?」
お店の扉のところで立ち止まっていた僕を義君が見つけて、不思議そうな顔をしながら扉を開けてくれた。
今日は……あれ? 汰由君、この時間ならいるはずなのに。
「汰由に用事?」
「あ、ううん。用事ってほどでも」
「今、買い物に行ってるよ」
「あ、うん」
そっか。
「少ししたら帰ってくるんじゃないかな。一つ買いに行っただけだから。今日の夕飯を鍋にしようって話してて。きりたんぽ食べたことないって話をしたら、美味しいからと買いに行っちゃったんだ」
義君はとても嬉しそうに目を細めて、カウンターの前に並べた商品を棚へと収めていく。
「佳祐はある? きりたんぽ」
「まぁ、先生と地方公演の時に」
「へぇ」
僕より海外生活も長くて、義君の両親、僕にとっての叔父さん、叔母さんは海外文化の方が好きな人だったから、そういうの確かに食べないかもしれない。叔母さんは洋食の方が好きだったし。
「あとで買いに行こうって言ったんだけど。飛び出しちゃって」
汰由君の話をする時の義君はいつも楽しそうだ。今も鼻歌混じりにカウンターの上で作業をしているから、まるで音楽を楽しみながら演奏するピアニストみたい。
「義君、今年のお正月も海外? さっき、扉のところに長期休暇のお知らせって」
買い付け、今年は行かないんだろうなって思ってたんだ。だって、ここには――。
「あぁ、海外には行かないよ? 旅行に行こうと思ってね。汰由と」
旅行。
「まだ内緒。驚かせたくて。汰由、ウインタースポーツってやったことがないらしくて、少し興味があるようだったから、連れて行ってあげることにしたんだ」
旅行に行くんだと話してくれる義君はお洋服を畳むのすら楽しそう。
「汰由も楽しみにしていてくれて。最近、あの子は大学の飲み会に呼ばれることが結構あってね。心配で仕方ない。でも今日は予定がないから、僕の相手をしてくれる」
「ねぇ……義君は」
「?」
「ううん。やっぱりなんでもない」
そんなの一目瞭然だ。
いつも一緒にいたいからって、そんなの表情を見ればわかる。
でも、成徳さんの仕事も、僕の仕事も、いつも一緒にいる、のが難しいわけで。それなのにこんなに「会いたい」「一緒にいたい」が、「したい」が、「たい」が、いっぱい膨らんで溢れてしまうくらいになったら、成徳さん、困るんじゃないかなって。
大好きなキャンプだっていけてないのに。
「!」
そもそも、お仕事が多忙で、リラックスするために、一人でゆっくりするためにキャンプとかしてたわけで。
「……佳祐」
「? はい」
「楽しそうだ」
「? はい?」
「いや、なんでもないよ」
義君がクスクスと笑っていた。
そして僕は、ぎゅっと、ぎゅーっと眉間にしわをぎゅーっと寄せた。
何を言っているの? 楽しそうって、今、すごく色々考えているのに。
そう表情だけで伝わるように、ぎゅーって顔をしかめてみたけれど。
「賭けてもいいよ。きっと今年の年末年始、佳祐にはとっても良い年末年始になるんじゃないかな」
本当にピアノの演奏でもするように、軽やかで弾んだ楽しそうな音色でも奏でそうな表情で、お洋服をいくつもいくつもたたみながら、義君が、僕の未来を予言した。
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