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新年のご挨拶編 6 彼も彼女も、とっても優しい人なんです。
「ちょっと、離席します。お茶を買いに」
「はーい。あ、でも、私、すごく美味しいハーブティー持ってきたんです。淹れましょうか?」
この間、野菜ジュースを使ったカレーを教えてくれた新人の女性スタッフが、パッと立ち上がり、可愛らしい花柄の缶をカバンから取り出した。
僕は丁寧にお断りをして、自動販売機のある休憩ルームへと向かった。
少し、ちゃんと、考えたかったから。
「……はぁ」
整理整頓はとっても大事です。机の上は常に綺麗に、書類、資料、などなどがわーっと並んでいるなんてあってはなりません。
そんなではきっと頭の中だって、わーっとすごいことになってしまっているんです。
わーっと、散らかった頭の中では仕事にミス連発してしまうに違いないんです。
はい。
そんなわけで、整理整頓してみました。
そして整理整頓してみましたら、ですね。
最近、成徳さんは忙しいためキャンプに行けていない。
キャンプはそもそも超多忙な成徳さんの癒しであり、一人でゆっくり過ごすための貴重な時間である。
けれど、一緒に暮らしているから、僕がいて。
成徳さんがいて。
一人になりたいのに、二人暮らしだから。
成徳さんはとても優しい人だから。
僕が成徳さんのためを思い、庭先で擬似キャンプ体験でもとカレーを作ってみたり、おにぎりを外で食べてみたり。
それはキャンプではないだろうと思いつつも言えずにいたりして。だって、本物のキャンパーはご飯をおひつに入れて持って行かないもの。その場で飯盒炊飯するもの。カレーは外で同じように作るかもしれないけれど、ご飯はやっぱり飯盒炊飯だもの。炊飯器は外にはないもの。
でも、そんな違和感と、こんなのキャンプじゃないっていうキャンパーの極意を、優しいから言わずに堪えていらっしゃるんじゃないかって。
一人になりたいキャンプを我慢して僕に付き合ってくださっているんじゃ。
「…………ないでしょうか……」
ということに、最近の成徳さんの様子を思い返して、ふと気がついてしまった。
キャンプに行かないんですか? と尋ねても、仕事が忙しいからなぁと、リビングでゆっくり過ごしている理由。
僕ってば、もしかしなくても。
「邪魔っけ……お邪魔虫……虫」
「虫、好きなの? 昆虫採集?」
「はぎゃああああああ!」
「……失礼ね、そんなに叫ばなくてもいいでしょ」
「だ、だだだだ」
だって、そんな低く、怖い声で、すぐ後ろで話しかけないでください。心臓が口からスポンと発射されるところだったじゃないですか。
「び、びびびびび」
「お疲れ様」
びっくりした。
「なぁに?」
「あ、あの」
成徳さんの同僚の方だ。すごく美人で、成徳さんもすごく優秀な方だって教えてくださった人。
「用事があってね。ついでに貴方のところの先生にご挨拶をって思ったの。貴方が離席してたからどこに行ったのかと思ったら、休憩所で、ものすごい顔して虫って呟いてるんですもの。怖い」
怖い思いをしたのは僕の方です。
そして、虫、って呟いたわけじゃないです。虫はどちらかというと不得意です。
あぁ、そういうところもキャンパーを極めた成徳さんにはダメかもしれない。
虫が苦手なんて、キャンプという、虫とだって共存しなければいけない屋外での活動において、ダメに決まっている。
「じゃあ、念仏唱えてたの? もっと怖いわ」
唱えていたわけじゃないんです。念仏。
ただの独り言が口からこぼれちゃっただけのことで。
「考え事してただけですっ」
「わかってるわよ。からかっただけ」
「んが!」
か、からかわないでください。今、僕は、とても真剣にキャンパーの恋人としての自分の至らなさをですね。
「……なんか、わかる気がするわ」
「へ?」
「河野が言ってたこと」
「へひ?」
「貴方のこと」
そこで彼女は真っ赤な唇の端をキュッと持ち上げて、微笑みながら、真っ直ぐな、けれど毛先だけツルっと跳ねている柔らかいダークブラウンの髪を耳にかけた。
「! 成徳さん、僕の話をされるんですか?」
「えぇ、するわよ」
「困ってらっしゃいましたか?」
「は?」
「その、僕のこと、で」
「……まぁ、困っていると言えば困ってたわね。貴方の想像しているようなことじゃないけど」
「そうですか」
やっぱり困ってるんだ。
「そう、ですよね。優しい方だから、やっぱり」
言えずにいるんだ。
一人でちゃんとしたキャンプに行きたいんだって。
「っぶは、あはははは」
彼女は意外に豪快に笑う人のようで、細くて華奢な自身の腰に巻きつけるように腕を回してお腹を抱え、大きな声で笑った。
「あ、あの」
「ごめんなさいね。あはは。面白くて」
「?」
「河野のこと、優しい人って思ってる人、初めて見たわ」
「えぇ? そんなことは」
ないでしょう? とってもとっても優しい人で。僕のことをいつだってとても大事にしてくれて。
「はぁ、面白い」
僕は、今、真面目に、ですね。
その人はまたにっこりと笑って、艶々な髪をまた耳にかけ直した。
「楽しい時間をいただけたからお礼に良いこと教えてあげる」
楽しかったですか?
そう、ですか?
見た目よりもユニークな方なのかな。
「今年の年末年始はしっかり休むみたいよ。まぁ、仕事柄、そこで急遽な仕事は入らないだろうけど。でも、絶対に休暇を死守するって息巻いて必死に仕事してるから。どうせ、貴方もクリスマスは忙しいでしょ?」
「え、えぇ、まぁ」
「それじゃあね、少し早いけど、良いお年を」
「……はい」
成徳さん、お休み、しっかり取れそうなんだ。
あの人、見た目がすごく強そうで、少し僕は苦手というか、ちょっと身構えてしまっていたけれど、本当はすごく優しくて良い人なんだ。
ありがとうございます。素晴らしい情報を提供してくれて。
「あ、あのっ!」
「?」
「良い! お年を!」
その日は長い指をひらりと踊らせるように手を振って、ヒールのかかとを鳴らしながら、颯爽と帰っていった。まるで、モデルさんが壇上を駆け抜けていくように。
僕は平凡な、普通の、掌をひらひらと彼女に振ってから。
「よし! 年末年始、だ!」
その手をぐっと握り、空へ向けて突き上げた。
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