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新年のご挨拶編 8 ごうつくばりの溜め息
全然そんな予定はなかったのに。
仕事があると思ったのに、先生から、絶対に休むように、と言われてしまったら、もう、お仕事できないし。
かといって、家にいるわけにもいかないし。家にいたら、優しい成徳さんのことだもの。僕に気兼ねしてキャンプ行かなくなってしまうでしょう?
星が綺麗に見える時期なのに
キャンプファイヤーの炎の温かさがとてもありがたく感じられる時期なのに。
だから仕方なく、とっても仕方なく。
否応なしに、仕方なく。
僕は実家にお正月の挨拶をしに行くことになった。
そうしたら、成徳さんはリフレッシュタイムが取れるでしょう?
けれど、まさかそのことを直接顔を見てお伝えすることも叶わない忙しさになるとは思わなかった。
本当に年末っていうのはどうして、「あっ!」って言っている間に時間が通り過ぎて行ってしまうんだろう。ついこの間、十二月に入って、ついこの間、聡衣さんと電話でお話しして、ついこの間、年末年始を雪山で過ごすんだと嬉しそうに話す義君に溜め息をついて、つい、一昨日、そんな義君と生まれて初めて雪山に行くと嬉しそうにしていた汰由君を見送ったと思ったら。
もう――。
「あら、佳祐は年越しそばの天ぷら、いらないの?」
「大丈夫です」
もう、実家に来てしまった。
その間、成徳さんとお話しできたのは、まるで文通のように繋がっていた、メモ用紙でのやり取りと、電話とメール。
普段は電話とメールだけなのだけれど。
この間、「行ってきます」と成徳さんが書き置きをしてくださったところから、なんとなくメモ紙でのやり取りが続いていた。
成徳さんとお話しをしたのは、あの時以降、ないや。
パタリとなくなっちゃった。
年終わりで、すごく多忙なんだと思う。久我山さんのいらっしゃる方面へ出張しても長居ができないくらいに多忙で、帰ってくるのはすごく遅かったり、たまに、朝が早いからと、そのまま職場近くのビジネスホテルに泊まったり。僕も、ここのところ忙しくて、寝るために家に帰ってきてるような感じで。
でも年末になれば年納めで……と思ってたのに。年納め以降も大晦日まで、成徳さんは職場に滞在しなければいけなくなってしまった。しかも夜遅くまで。成徳さんご自身の仕事が追いつかず、とかではなくて、建物の電気設備の一部を定期更新で一新するらしく、その工事の間、現場にいないといけないらしい。毎年行っている電気設備の一部分定期更新、今年はここのフロア、来年はあっちのフロア、と膨大な広さの中を毎年それぞれ更新工事をする。今年はその監視役を成徳さんが行うことになった。役職もついた成徳さんはやらなければいけないことも増えてきていて。
仕方がない。
仕方がないけれど。
同じベッドに眠っているから、そっと、そーっと起こさないように、そっーっと僕が入って、翌朝、起きるともう成徳さんがいなかったり。
僕がベッドに先に入って、待っていたいのに日中の疲れに負けて眠ってしまい、朝になっていたりとか。
とにかく見事なほどすれ違ってばかりで。
「お仕事、どう? 佳祐」
「……はい」
「順調?」
「……はい」
年末年始は実家に戻っています。
そう伝えた時だって、電話の向こうは大嵐でも来ているんですか? そちら、ものすごい騒がしいです。と聞きたくなるくらいに忙しそうだった。だから、伝えるだけ伝えて。
――お忙しいところ、電話をしてしまってごめんなさい。
と言って、慌てて切ってしまうくらい。
そのくらい忙しそうだった。
去年よりも忙しそう。
大丈夫かな。ご飯は食べているんだろうけれど。
でもだからこそ、今日からしっかりお休みしているはずの成徳さんには一人キャンプを満喫していただきたい。
そんな思いから、今朝、家を出る前に書き残したメモには今年、おすすめとなっているキャンプ場の概要を添えておいたんだ。
きっと、これで、じゃあ、行ってこようかな、久しぶりの一人キャンプ、ってなったと思う。
――実家に年末年始の挨拶に行ってきます。成徳さんも久しぶりにゆっくりお休みしてください。年明け、お時間ありましたら初詣、一緒に行きたいです。
そのくらいならいいでしょう?
あのお昼休憩の時に読んだ雑誌にだって、リフレッシュできたら、さぁ、充電完了。頑張ろう。って、キッチンでガッツポーズをしているモデルさんの写真が載っていたもの。
「……はぁ」
すれ違う時は、こんなにすれ違うものなんだなぁ。
そう考えると聡衣さんはやっぱりすごい。お休みが違っているなんて、それでも仲睦まじいっていうのはやっぱり聡衣さんが上手なんだろうなぁ。お仕事柄なのもあるだろうけど、でも、それ以上に自立していらっしゃる素敵な人だから、たくさん一緒にいられずとも、愛をしっかり育んでいらっしゃるんだろうなぁ。
僕は、まだまだ――。
「……はぁぁぁ」
「んもぉ、なぁに? もう明日はお正月だっていうのに、そんな溜め息ばかりついて」
だって。
「……はぁぁぁぁ」
僕はごうつくばりの欲張りさんになってしまったから、我慢しなくちゃいけないのに、成徳さんに会いたくて会いたくて、たまらなくて溜め息がつい、出てしまうんです。
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