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新年のご挨拶編 9 お散歩おさんぽ楽しいな

 だって、成徳さんに会えないんです。お母さん。昨日、元旦で、日の出を見たりしたのでしょうか? と思いながら、あまりご迷惑にならない時間を選んで、「あけましておめでとうございます」ってメッセージを、可愛い元旦スタンプと共に送って、すぐに「明けましておめでとう」ってお返事をいただいたけど。  仕事がバタバタしていて悪かった。  と言っていただいて。  大慌てで、謝らないでください。責任者として工事の付添いだなんてとても大事なことを任されていたんです。お疲れ様でした。  と、お返事したけれど。  でも、僕、とっても欲張りさんなので。 「またそんな退屈ですっていう顔をして」  だって、退屈なんですもの。  成徳さんのお仕事の方がようやく落ち着いたとわかった途端に、ごうつくばりな僕がムクムクと育って、お家に帰りたいと我儘をいうんですもの。 「全く」  そうお小言を呟く母をちらりと見て、お正月の晴れやかな着物と衣装で賑やかなテレビ画面へと視線を戻し、顎を炬燵のテーブルの上に載せた。実家は掘り炬燵で、その上には懇意にしている蜜柑農家さんから毎年取り寄せている、美味しい蜜柑が綺麗に籠に乗せてある。  とても美味しい蜜柑で、味が濃厚で、スーパーマーケットの蜜柑が食べられなくなってしまう代物で。  成徳さん、蜜柑好きかなぁ。  聡衣さんと汰由くんも好きかなぁ。今度、箱でお送りしようかな。あ、でも、汰由くんに届けるなら義くんに届ければ済むのか。義くんのお家にも、きっと母が毎年送ってるだろうから、もうすでに汰由くんは食べたことあるかな。んー、でも義くん、実家あんまり行かないからなぁ。そもそも叔父さん、叔母さんは今日本にいるのかな。いない気がする。じゃあ、やっぱり持って行ってあげたら喜んでくれるかもしれない。  いいなぁ。一緒に……って、ダメダメ。  ここは成徳さんにリフレッシュしていただくって決めたのだから。  ――家事に育児に日々追われてるママにご褒美タイム。久しぶりにゆっくり一人ランチを。  ならぬ。  ――ハードな仕事をこなすスーパー成徳さんにご褒美タイム。久しぶりにゆっくり一人キャンプを。  なんだから。  一緒にいたい、なんて思ってはいけないです。  大事な人だからこそ、その人を大事にしなければいけません。  明日、三日には帰るんですから、あと一日の我慢です。  仕事初めは僕が五日。成徳さんもそうなのかな。本当にすれ違ってばかりで、疲労困憊の様子だったから、年始がいつからなのかすら伺えなかったけど。でも、あの同僚の女性がたくさんしっかりお休みって言ってたし、それなら四日まではお休みの可能性大だと思うのです。  ほら、それならば、残り二日は成徳さんと一緒にいられるでしょう?  我慢です。  我慢、我慢。 「ほら、そんなことなら、豆五郎ちゃんのお散歩行ってきて? 今日、明日はお手伝いの恵子さんお休みしていただいてるんだから」 「……はい」  恵子さん、実家のお手伝いさんで、僕が幼い頃にウチで働いてくれるようになった方で、僕もたくさんよくしていただいたっけ。  もっとお休みを差し上げてもいいと思います。お母さん。  お仕事はお休みも大事ですよ。お母さん。 「じゃあ、お散歩行ってきます」 「はい。気をつけて」  その単語に、我が家の豆五郎が耳をピーンと立てた。 「行くよ。豆五郎」 「ワン!」  豆、と名前はついているけれど、れっきとした柴犬で、体重は十キロを超えるしっかりものだ。 「わ、寒いっ」  外に、やや豆五郎に引っ張られるようにしながら出ると、びゅっと冷たい風にさらされて、ぎゅううううっと身体が縮こまる。  元旦は人通りも少なかったけれど、もう二日には逆に人が多く外を歩いているような気がした。  すれ違うご近所さんに挨拶をしながら、嬉しそうに歩いていく豆五郎の後ろを歩いてく。  ほら、とても寒いから、吐く息が真っ白だ。  大晦日からキャンプ行ったのかな。  星、たくさん見れたかな。  ここは街灯の灯りが多くて、いくら見上げても、星がほとんど見えないけれど。  あ、でも、満月だったな。昨日。  だから、大晦日の辺りもそれはそれはお月様がまん丸だっただろうし。とても明るく輝いてたから星見られなかったかもしれない。  星を見るためには満月はあまり適してないって教えて差し上げるの忘れてしまった。明日、ごめんなさいって言わないと、です。 「……早く会いたいなぁ」  小さくそう呟いた。  誰にも聞かれないように小さく小さく、小さく、そんな我儘を呟いたけれど、誰にも聞かれないようにしたけれど、溢れた吐息が真っ白だから、僕がぼやいてしまったと、神様に知られてしまいそうで。 「……」  ぎゅっと、口を真一文字に結んだ。  吐く息は真っ白で。 「ぜー、豆五郎! も、もう少しっ、ハー、もう少しっ、ゆっくり、ゼー、走って欲しいっ、ハー」  行きは僕の歩調に合わせて……ではなかったらしく、ただ、自分の縄張りチェックをしっかり行っていただけだったようで。そのチェックが終わると「あー寒い寒い。もこもこ冬毛でもこの寒さは堪える」と言っていそうなくらい、駆け足で来た道を引き返していく。 「ゼー、こ、転ぶっ、ハー、豆五郎」  僕は確かにおうちの周りをジョギングしたりもしてたけれど、でも、もう今、ちょっと忙しくてできてなくて、体力ないので。後、僕はマラソン派なので、こんな、全力疾走されると、もう足が絡まって。 「ゼーハーっ、こ、ろぶ、かと思っ」  転んだら大惨事です。リードを離すわけにはいかないので、顔面からスライディングすることになり、あと数日で仕事が再開する中、顔面擦り傷という悲惨な年初めになるところでした。 「ただいま、お散歩終わりまし、」  た、と言おうとして、止まった。 「ま、豆五郎、ちょっとここで待っていてください!」 「ワン!」 「足! 足拭きますからっ!」 「ワン!」  足、あの。  あの、玄関に、靴。 「おかあさん! あのっ」 「まぁ、工事の」 「えぇ。管理職になるとそういうのも勉強がてら」 「大変ですこと」 「あのっ…………」 「あら、佳祐、お散歩ありがとう」 「あの……」  靴があったんです。素敵なブラウンの革靴。 「お邪魔してる。明けましておめでとう」 「……あけ……して、おめでと……ござい、ます」  成徳さんの靴があったんです。 「っぷ、鼻、真っ赤だな」  そう言って、成徳さんが僕の目の前で笑ってくれたんです。

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