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新年のご挨拶編 10 したろか
とってもとっても会いたくて、明日までの我慢だって、もう何度も何度も唱えていたから。
僕は今、夢の中、ですか?
あの、外寒かったので、豆五郎と散歩の途中、あまりの寒さに失神して、道端で意識を失ってる最中とかなのでしょうか?
ほら、よく言うでしょう? 雪山で遭難したら眠ってはいけないって、寝るなー! ってよく叫んでいませんか? それはつまり寒いところに行くと眠くなってしまうということなのでしょう?
だから、僕は会いたさのあまり、その道端で眠りながら、夢に成徳さんを出現させ――。
「……! ふごっ」
「夢じゃないぞ」
僕の心の声を聞いていたかのように、成徳さんが僕の鼻をむんずと摘んだ。
「あの、どうひて」
そして、鼻を摘まれたまま、そう尋ねると、目元をクシャリとさせながら笑って。その手をパッと離した。
本物の成徳さん?
「あの……」
あ、やっぱり本物の成徳さんだ。ほら、指、掴めてます。
長い指がハンサムな成徳さんの手。
本物が今、僕の実家の、今は使われていない僕の部屋に…………いる、なんて。
「さすがに大晦日元旦に訪ねに来るほど不躾じゃないからな。今日まで我慢した」
「あ、あの」
「来てみたら、ちょうど犬の散歩に出掛けてるって、教えてもらって、じゃあ、後でまたって、尋ねるつもりだったんだ。でも、上がって待ってもらって構わないと言ってもらえたんで、遠慮なく」
「……」
「悪かったな。いない間に」
「いえ! あのっ!」
びっくりしました。どうしてうちに? 僕、明日の朝には帰るつもりでしたよ? キャンプはいかがでしたか? ゆっくりできましたか? 一人時間はどうでしたか? ずっとなかったから、とても満喫できましたか? それから。
それから。
あとは。
「明日まで待てないから会いに来たんだ。ご両親の手前、仕事で近くを通ったから顔だけでもって、友人のふりをして。で、顔だけ見て本当に帰ろうと思ったんだけど」
えぇぇぇぇ! そんなそんな。帰らないでください。
「佳祐」
僕、成徳さんに会いたくてたまらなかったんです。仕事がお互いに忙しいのなんて十分わかっていたことなのに。年末で、工事の見守り役もしないとで、大変なのは僕じゃないからワガママなんて言ってはいけないってわかっているのに。それでも、どうしても会いたくて、今日だって一日中、ボケーっとしていたくらい。だから、帰っちゃったら。
や、です。
「指、握りすぎ。痛い」
「あああああああ! 申し訳ないです!」
「っぷは」
思わず、ぎゅっと握り締めすぎてしまった。握り潰してしまったら大変で大慌てで、手を離すと、離した手を今度は成徳さんがぎゅっと握ってくれる。
「久しぶりにちゃんと触れた」
「!」
それは、それこそ、僕の方です。久しぶりに貴方にちゃんと触れられたし。
「はぁ……」
重たい溜め息を吐いて、そのまま僕よりもずっと背の高い成徳さんが僕の肩の上に顎を乗せた。
疲れさせてしまいましたか?
それとも、僕は何かしてしまったのかもしれない。
落胆させるようなことを。
そう慌ててしまう。
けれど。
とにかく。
貴方に久しぶりにこうして触れられたことが嬉しくて。
貴方の柔らかい髪が頬に少しだけ触れるのはくすぐったいということを思い出すように、堪能するように、ほっぺたを自然とこすりつけてしまう。
「だよな。まぁ、普通は」
目を閉じて、ずっとこうしていたいなぁ、なんて思っていたら、成徳さんがパッと顔を上げてしまった。
「? 成徳さん?」
「いや普通、実家に正月の挨拶に行くだろう。俺は実家に挨拶行くつもりなかったし。それなら、佳祐が正月で実家に戻っている間にできる、うちでデスクワークできるんだから、それだけ残しておけば良かったと思ったんだ。あんなに仕事詰め込まなきゃ良かったな」
「え、でも」
「?」
「それで、きっと僕の相手をしてくださるの申し訳ないです。成徳さんの一人になれる時間がなくなってしまうし、優しい方だから、嫌とも邪魔とも言えないだろうし。だから、僕は仕方なしに実家に。僕がそもそもいなければ、気兼ねなく」
「…………」
「久しぶりのキャンプに行ける、かと」
「………………」
「思ったんです」
「…………なるほど」
なるほど?
「放っておいた俺が悪いな」
僕、ですか?
「佳祐の思考回路を把握できてなかった」
あの?
「つまりお互いに忙しい仕事に追われていた」
はい。そして僕らの仕事、いや、どんなお仕事だってそうですが、一人でやっているわけじゃない。チームでだったり、誰かと繋がって仕事というのは成り立っているんです。恋人と一緒にいたいから、あんまりやりたくなーい、なんてことはいけないのです。だから、年末だろうと、恋人との時間がすれ違いばかりでも頑張らないといけない時というのがあると、充分理解しています。
「で、年末年始はしっかり休みを取ろうとしている」
はい。そうおっしゃってましたから。
「待てよ? そういえば最近、成徳さんはキャンプにもいけてないぞ」
…………口調は違いますが、はい、そう思いました。あと、成徳さんがご自身のことを成徳さんっていうの、面白いです。
「キャンプ行きたいんじゃないかな?」
はい。やっぱりちょっと口調が違いますが、そのようなことは思いました。
「ぼっちキャンプがそもそも好きな方だから」
あ、はい! そんな口調で、そんなことを考えました。
「ぼっちにしたろ」
えぇぇぇ? 口調が全く違ってしまっていますよ。そんなふうには、いや、そのようなことは考えましたが、決してそんな言葉使いでは。
「それで、実家に戻って、俺がぼっちキャンプしやすいようにしてくれたわけか。良さそうなキャンプ場の紹介までして」
はい。
「優しい成徳さんもこれなら一人の時間を悠々自適に過ごせると」
はい。
「ぼっちにしたろか、と」
「そ、そのような口調ではっ」
「っぷは」
成徳さんが笑った。
笑って。
「ぼっちキャンプはもうしないんじゃないか」
そうなんですか? あんなに好きだったじゃないですか。
「佳祐と庭先でカレー食って、おにぎり握ってる方が断然、俺にとって癒しだよ」
そう言って、僕のことをぎゅっと、抱き締めてくれた。
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