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新年のご挨拶編 11 キャンプ魂どこ行った。

 早く帰りたい。  あぁ、早く帰りたい。  おうちに早く帰りたい。  お正月早々、そんなことを考えてしまう僕はとても親不孝者ですが。でも、やっぱり。 「もっとゆっくりしていけばいいのにねぇ。河野さんもごめんなさいね。遊びに来ていただいて早々」  早く。 「いえ、むしろ申し訳ないです。なんだか僕が佳祐君を連れていくような感じになってしまって」  帰りたいんです。 「とんでもないわ。今度はゆっくり遊びに来てください。義ちゃんとも仲が良いだなんて知らなかったわ。すごく良くしていただいて」  お母さん。 「いえ……また、今度、ゆっくりお邪魔させてください」 「もち、」 「また来ます! それでは!」  つい、ふんがっ! って鼻息が荒くなってしまった。  だってこのままじゃいつまで経っても、玄関のところで立ち話が続いてしまいそうだったから。だからそこで割り込んで、二人の立ち話を遮ると、母に見送られながら家を後にした。  本当は明日、帰る予定だった。せっかくの一人時間を満喫しているだろう成徳さんに、いつキャンプから帰ってきますか? 僕も戻ります。なんて、落ち着かないよと叱られてしまうかと思って。だから、仕事初めが五日、それなら三日に戻るのがちょうどいいと思って、そう決めていたんだけど。  ぼっちキャンプはもうしないって。  流石に大晦日、元旦は失礼だけど、二日なら、まぁいいだろうと思ったって言ってもらえた。  僕に、会いに来てくれた。 「一日中、退屈そうな顔してたんだって?」 「んぐっ……ぐぅ」  成徳さんが。  あの成徳さんが。 「あまりに暇そうだったから、豆五郎の散歩、頼まれたんだって?」 「ふぐぐぐぐぐ」  我慢できなくて、ちょっとでもいいからと会いに来てくれた。  僕はそれが嬉しくて嬉しくてたまらなくて、一日早く帰ることにしてしまった。理由は、もうとりあえずなんでもいいからと、調べたいことができたので帰りますってことにして。 「全く……」  溜め息をついてしまわれたけれど、その表情は呆れてるでも、怒っているでもなく、笑ってくれている。  全く、どうしようもない?  全く、困った奴だ?  全く……の後に続く言葉は、なんですか? 「どうしようか」  えぇ。どうしようか、ですか? 何をどうするのですか? 「色々、言いたいことがあるけど、まぁ、とにかく」  はい。 「仕事が終わったから」  はい。 「俺のこと、かまってやって」  そのどうしようかに、気持ちがふわふわと軽くなっていく。ふわりと羽が生えてきて、そのままパタパタと飛んでいけそう。 「! はい!」  つい、思わず、元気に返事をすると、いい子ってするように、おっちょこちょいな僕の頭を撫でてから、声に出して笑ってくれた。  その笑い声と一緒に立ち上る白い吐息は、さっき退屈だとぼやきながら豆五郎と散歩した時よりもぐっと夜の色が滲んで広がっている空へと溶けて、消えていった。 「ただいま……」 「あぁ」  おうちに着いた途端、ホッとしたのが自分でもわかった。生まれ育った実家は懐かしいけれど、僕の「うち」はここなんだって実感する。 「さて、と……晩飯どうするか。材料はまぁまぁ、明日だと思ってたから肉類は買ってないんだよな。明日でいいと思って。んー、パスタでいいか? トマトソースの、クリームは……生クリーム買わないとない。あ、あと、チーズがないな。パルメザンの、佳祐が美味いって言ってたの、買っとけばよかったな」 「あ、あの」  なんだろう。なんというか、生活感が残ってる。旅行とかキャンプとか、一日、家を開けていたりするのと違って、今朝もここで朝食を摂っていたような、そんな気配みたいなものが残ってる。キッチンの中に。 「あの、キャンプ、本当に行かなかったんですか?」 「……? 行くわけないだろ」 「でもっ」  前は結構頻繁に行ってたでしょう?  あー、キャンプ行きたいって呟いたりしてた、でしょう?  だから、そろそろ。 「キャンプ魂が疼いたりしなかったんですか?」 「ぶはっ、キャンプ魂ってほど根性入れてなかったろ」 「でもっ」  キャンプ好きだったのに。定期的に行っていたのに。 「行くなら、佳祐と行きたいだろ」 「!」 「言ってなかったっけ?」 「?」  そこで成徳さんはキッチンのトマトの水煮缶と、パスタ、他にも調味料をいくつかキッチンに並べた。調味料、特にスパイスとかはアウトドアに持っていくのにも重宝するからたくさん揃えている。その中で、僕も、成徳さんもお気に入りなのがドライバジルで。 「キャンプは、まぁ、その」  その? 「なんだ」  なんだ? 「癒し」  癒し……。 「激務な仕事のリフレッシュ」  リフレッシュ。 「つまりだ」  つまり?  珍しく言いにくそうな様子をじっと見つめていた。  成徳さんはキッチンに並べた食材の内、トマト缶を掌でパンパンって叩いた。まるで手持ち無沙汰なように、何かを誤魔化すように。 「ぼっちキャンプしなくても、癒されてるから、行かなかっただけ」 「……」 「庭先でおにぎり握るんでも、カレー作って食べるんでも、なんでも」  今、真冬で外はとても寒いけれど。  確か、日中は十度を下回り、北風が吹くでしょうって今朝のお天気予報で言われていたけれど。  でも、今、僕の胸の内は、ほかほかで。ぽかぽかで。まるで春みたいです。 「癒しになってるから、行く必要がなかっただけ」 「……」 「キャンプは好きだけどな。だから、まぁ、佳祐も年末にかけてずっと忙しかっただろ? だから、そっちも落ち着いたらゆっくりいけばいいだろって思ってた」 「……あ、あの、成徳さん」  ぽかぽかだから。  ほら、成徳さんも真っ赤です。 「……なんだよ」 「大好きです」 「わかってるっつうの。ほら、飯、トマトパスタでいいか?」  トマトみたいに真っ赤です。 「僕も一緒に作ります」  きっと僕も真っ赤です。 「お鍋出します」 「あぁ」  急いで、パタパタと駆け寄って、寸胴鍋をキッチンのシンクに置いた。 「佳祐」  ものすごい勢いで蛇口を捻れば、勢い良い水音が響いて。 「おかえり」  そう優しい声で言ってくれる成徳さんの大きな手が僕の髪をそっと、そーっと、撫でてくれた。

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