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新年のご挨拶編 15 いっぱい、一杯

 今度はちゃあんとパジャマを着て、お風呂を出た。  髪もちゃあんと乾かして。 「成徳さん」 「あ、風呂上がった?」 「はい」  成徳さんはキッチンでコーヒーを淹れているところだった。ほろ苦いけれど、落ち着く優しい香りがキッチンから続いているリビングに広がっている。 「コーヒー飲む?」 「あ、いただきます」 「座ってて」 「はい」  そうだ。僕はキッチンに佇む成徳さんも好きです。とてもかっこいいので。 「……飽きない?」 「?」 「俺、見てて」 「!」  成徳さんはコーヒーをゆっくり淹れるのが好きで、今もゆっくりお湯を注いで、のんびりとドリップしていくのを眺めている。その視線がチラリとこっちを向いて、すぐにまた手元でふわりといい香りをさせるコーヒーを見つめた。  気がつかれて、しまってた。 「あのっ、気がついて」 「そりゃ気がつくでしょ。好きな子なんだから」 「んひゃっ!」  飛び上がってしまう。成徳さんに好きな子、なんて言われてしまうと。僕がその「好きな子」なんだって、少し感動すらしてしまうんだ。  そんなことで感動している僕の様子に少しだけ笑ってから、コーヒーを淹れたマグを二つ持ってリビングに来てくれた。僕は大慌てでお手伝いをし忘れていることを謝りながらそのコーヒーを受け取った。 「ありがとうございます」 「どういたしまして」  いい香り。 「ん、うまく淹れられた」 「はい、とっても美味しいです」 「……はぁ」  手動でゆっくりとお湯を注いで淹れるからなのか、同じコーヒー豆でも日によって香りも味も、違ってくるらしい。ごく稀に「あぁ、今回は失敗したな」と呟いてらっしゃることがある。  深い深い溜め息だった。柔らかい羽毛布団に沈む込みながら思わず口から溢れてしまったようなそんな溜め息。 「お仕事、お疲れ様でした」 「ホント疲れた」 「はい」 「年明けもまたしばらく忙しいけど」 「はい。応援しています」 「……」 「何か、スタミナがつきそうなご飯とか用意したりしておきますね。僕は少しだけですが多分、早く帰れる日があると思うので。新しく女性スタッフが増えたおかげで仕事が今までよりも捗っ」 「……」  突然、キスされて、きゅっと胸の中の何かが飛び上がって、それから、胸の内を、トトトトって駆け回った。 「馬鹿みたいに忙しいけど」  僕の胸の中で駆け回ったのは。 「知ってた?」 「?」 「俺がキャンプ行きたいってぼやかない理由」 「?」 「佳祐の寝顔で結構癒されてるから」  駆け回ったのは、恋心、だと思った。 「……ぁ」  彼のことが大好きすぎて、胸の内ではしゃいでいる恋心。 「あり、」 「薄っすら白目で爆睡してるの見ると」 「! え、えぇぇ? 僕はそのようなっ」 「あはは、嘘」  成徳さんがケラケラ笑いながら、なんて顔を晒してしまっているのかと慌てた僕のふわふわに乾いた髪にキスをまたくれた。 「来月あたり、どこかでキャンプでも行こうか。テント張って一泊で。初日の出じゃないけど、日の出が綺麗なとことか」 「はい! じゃあ、僕、それまでにとっても美味しそうなキャンプ飯のレシピ調べておきます」 「あぁ」 「この前も美味しそうなカレーのを見つけたんです。今度は本格的なインドカレー。お外で食べたらあったまって美味しいだろうなぁって」 「へぇ」 「待ってくださいね。すごく美味しそうだったんです。踊りながら作ってらっしゃることに驚いて一回目はレシピそっちのけで見入ってしまって」 「何それ」  くすくす笑っている成徳さんに、本当に踊りながら作るんですとお気に入りに登録済みのその動画を見せて差し上げた。  ね? ほら踊っているでしょう? 「美味しそうなんです。ルーなしでスパイス調合して作るなんてかっこいいですよね」  こんなふうに作って、成徳さんにご馳走できるようになりたいんですと、スマホ片手に意欲を見せようとガッツポーズをした時だった。逆さになったスマホから、パラパラパラと紙が落ちて。 「落ち、 ……」 「! あっ」  落ちたのは、お互いに忙しかった時にメモ紙で交わした会話の数々。行ってきます、今日の帰りなこのくらいの時間、と書いてあるものだったり。ご飯の準備はできてるからと声をかけてみたら、ありがとうと返事がもらえた時のものだったり。 「これ」 「あ、あの、なんとなく捨てるのもったいなくて、それにちょっと嬉しかったので。文通みたいなの。素敵で」 「……」 「僕、成徳さんの綺麗な字とても好きなんです。それもあって。えへへ」 「ほんと」 「すみません」  呆れてしまわれたのかと思った。メモ紙をとっておいたり、チラチラ盗み見してみたり。少しストーカー気質なのかと怪しまれてしまうかもしれない。 「決して怪しい者ではないのでっ、あの」 「いっぱいしたのに、初詣に行けなくなるかも」 「?」  笑いながら、首筋にキスをくれた。 「あっ」  少しドキドキするキス。 「平気、です」  僕はお風呂上がりだからだけじゃなく、蒸気した頬で擦りように寄り添って、一つキス返しながら、そっと呟いた。 「僕、去年ジョギングもしたし、ダンスもした、ので、平気、です。初詣も行けます。その、いっぱいしても、全然。一回とか」 「……佳祐の、えっち」 「ええええええっ」 「俺が言ったは、コーヒー飲みすぎて眠れなくなると寝坊して初詣行けないぞって意味」 「ひゃあああ! あ、あ、あ、あのっ今のは」  僕はいっぱい(えっちなことを)したのに、またしたら、朝起きられなくて初詣に行けなくなるかも、の意味かと。 「僕、あのっ」 「嘘だよ。そっちの意味」 「ひゃえええ?」 「っぷは、あはは」  たくさん笑ってもらえた。  優しく楽しそうに。 「ほんと、なんなんだろうね」 「あ、あのっ」 「すげぇ好き」  成徳さんが小さく「癒される」って呟きながら、もう一度、今度は唇をしっとりと重ねる甘いキスをしてくれた。

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