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新年のご挨拶編 16 神様

 僕にも、こんなふうに優しく笑ったりできる恋をすることができるのでしょうか。  神様。  約一年前、そう思った。 「うー、さみぃ」 「はい。寒いですね」  そう呟くだけで驚くほど真っ白な吐息がほわほわと漂った。  初詣、もう三日ともなると人の数はぐっと減っている。元旦は溢れそうなくらい人がいたのに、今日はその半分もいないからか、少しのんびりすぎていて、混んでいない方が楽なはずなのに、なんだかもったいないことをしたような。お正月の雰囲気を味わい損ねた気分が少しした。 「あ、佳祐、あそこ、お焚き上げ」 「あ、はい」  成徳さんが指さした先にお焚き上げの場所があった、すでに山盛りのてんこ盛りに一年間の役目を終えたお守りたちが積まれていた。 「……ありがとうございました」  僕が志をお賽銭箱に入れて、持参したものもそこにそっと乗せてから、手を合わせ、挨拶をした。  真っ赤な縁結びのお守り。  とても助かりました。おかげさまで――。 「縁結び?」 「ぁ、はい」  おかげさまで、恋をすることがきました。 「去年、ここで買ったんです」 「へぇ」 「あ、その時、聡衣さんと久我山さんにお会いして」 「へぇ」 「とても仲睦まじくしてらっしゃいました」 「ふーん」  とても素敵だったんです。少し見惚れてしまいました。そして、あんなふうに恋をすることができたらと切に願ったんです。  ちゃんと、恋がしたいって。 「うちらの方が仲睦まじいデショ」 「はいっ」  今度は、頑張りたいって。 「鼻、真っ赤」 「あ、すみません。寒さで」 「可愛いって意味」 「……」  まだここに初詣に来た時は、新しい恋はしていなかった。成徳さんのこと存じていたけれど、意識はしてなくて。でも、すぐに気になって、気になって、好きになって。  聡衣さんたちみたいになりたいって思った。慈しんで、思い合って、愛が溢れていて。 「さ、帰ろう。寒すぎ」 「は、はいっ」  神様。  ありがとうございます。  素敵な人、でしょう? 僕は恋をしました。ちゃんと恋をして、諦めずに、頑張って、こんな素敵な人と今こうして。 「はぁ、幸せ」 「!」  僕の考えてることが成徳さんの優しい声で聞こえてきた。 「今度さ」  神様。  おかげさまで、今、こんな素敵な人と今こうして幸せです。 「正月の挨拶じゃなくて」 「?」 「ちゃんと挨拶しに行くわ」 「………………ひゃえ?」 「佳祐のとこ」 「その後、うち」 「ひゃあああああ?」 「うー、本当に底冷えするな。火起こししたくなる」  それは神社の境内では御法度かと。ではなく、今、なんて。あの、僕の実家に? 成徳さんの実家に? 挨拶? 僕らで。 「ほら、帰るぞ」  お正月の、ではなくて。  明けましておめでとう、ではなくて。僕らは――。 「は、はいっ」  そして僕へと差し出されたその手をぎゅっと握ると、成徳さんがすごくすごく嬉しそうに、僕とお揃い、鼻を真っ赤にしながら笑っていた。  年明け、仕事始めは午前中、まだお正月のふわふわほわほわとした雰囲気が残ったまま挨拶周りで終わってしまう。特に先生は交友関係がとても広い方だから。 「あ、蒲田さん、お疲れ様ですぅ」 「お疲れ様です。お茶、ですか?」  彼女は頷き、先ほど帰られた客人の湯呑み茶碗を片付けながら、桜のように愛らしいピンク色の唇をきゅっと小さくして、溜め息を溢した。 「そうだ。蒲田さんはお正月、やっぱり恋人さんと過ごしてたんですか?」 「はい。あ、でもお仕事があったので半分くらいは」 「えぇ、もったいなぁい。やっぱりバリバリお仕事する人が恋人だと大変ですよねぇ」 「?」  あれ? 僕は、成徳さんのことお話ししましたっけ? あ、でもカレーの作り方を伺った時に話したかな。でも、なんだか。 「いえ、そんなことは」 「そうだ、今度、またお料理とかしたいのがあったら是非。私、お料理も家事も得意なのでぇ」 「あ、僕、今度、パスタ覚えたくて」 「わー、すっごい得意です。もしよかったら、私のうちで実践付きで」 「ありがとうございます。でも」  でも、成徳さんに教えていただこうと思ってるんです。そう言おうと思った。 「大丈夫ですー。俺が教えるので」 「キャっ」 「! 成徳さん!」  びっくり、しました。僕は一瞬拐われてしまうのかと。だって、急に後ろから手が伸びてきて、僕の方をぎゅっと引き寄せて、それで後ろに倒れて。 「なのでご安心を」  転んでしまうかと思った。頭、後頭部をドーンって打ってしまうかと。  でもそうはならなかった。成徳さんが受け止めてくれたから。でも、あの、この格好だと、まるで後ろから抱きしめて頂いてるみたいに、なってしまってます。 「彼にはれっきとした恋人の俺がいるので」  抱き締められて、ます。 「横から私は家庭的ですぅ感で色目使っても無理だよ」  あの。 「家事全般も仕事も完璧なので」  あの。  彼女は顔を真っ赤にしながら立ち去ってしまった。 「あの、どうしてここに」 「んー? 佳祐のとこの先生にもご挨拶って思ったら、佳祐が女に狙われてたので阻止した」 「あの、でも僕、彼女には恋人がいると」 「まぁね。けど、向こう、相手を別と勘違いしてたし、少しでもちょっかいかけられたくなかったからさ」  勘違い? 「相手が男じゃ、勝ち目ないって思うでしょ」  相手が、男性? あの、え? 「俺のなんで、ってさ」 「!」  ほっぺた、熱い。 「じゃ、俺、帰るわ」 「え、もうですか?」 「そ。帰って、仕事片付けて。今日はパスタ、覚えたいんでしょ?」 「! はい。ぜひ!」  にこりと笑ってくれた成徳さんは軽やかにその場を立ち去ってしまった。 「やった。今日は一日頑張ろ」  仕事中に会えるなんて思ってなかったから。それだけでもすごくすごく嬉しくて、小さくガッツポーズをしてから、僕も給湯室を飛び出した。 「うーん、でも、あの、勘違いってなんだったんでしょう。そもそも性別……う、うーん」  そうして、その勘違いの内容は、この後、しばらくしてから、知ることになった。 「はぁ? その女性スタッフさん、頭、大丈夫?」  そんな声がピアノの生演奏が素敵なお洒落なお店に響き渡った。  彼女のお誕生日お祝いの時、そんな刺々しい言葉で。成徳さんが開いてくださったんだ。同僚のお仕事がバリバリできる彼女のお誕生日会。いらないわよって言ってしまうところがなんというか、成徳さんに少し似ている。あと、実は本当は優しい方っていうところも、成徳さんに似ている人。 「なんで、私が恋人だと思われるわけ」 「さぁな」 「どうしてでしょう」 「私が訊いてるの!」 「さぁな」 「本当にどうしてなんでしょうね」 「だーかーらっ」  神様。  恋ができました。  素晴らしい人なんです。  素晴らしい友人もたくさんできました。僕は今。 「えへへ」 「いや、そこでなんで嬉しそうに見つめ合うわけ? これ、私の誕生日会なんじゃなかったっけ?」 「さぁな」 「えへへへ 「だーかーらっ」  つい口元が緩んでしまうくらい、今、とても、幸せです。

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