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成徳視点 5 初夢の効能
――仕事が一番大事なのよね。
その冷ややかな声が耳元で聞こえた気がして目が覚めた。
「……すごい初夢だな」
初夢って実現するんだっけ?
関係ないんだっけ?
過去の出来事を夢で見た場合の初夢は何かどうにかなるんだろうか。
「……もう昼じゃん……」
初夢という初々しい名前をつけるには随分ダラシのない時間に起きてしまったと、ボサボサな前髪をかき上げる。
大昔、本当にそんなことを言う大人がいるのかと、呆れたことがあった。
当たり前だろ? 仕事しないで、どうやって、先週、君が美味しいと嬉しそうに食べたステーキ代を捻出するんだ? と思ったっけ。この間、連れて行った映画館のチケット代は? その時のランチ代、ホテル代、その他諸々。俺は、なんだろう、魔法使いだとでも思われてるのか? 何をするのも代金が発生するだろう? その代金を支払うための金はどうやって作るんだ? 物々交換だとでも? 仕事しないでどうやって暮らしていくんだ?
君がいなくても生きてはいけるだろ?
そうは言わなかったけれど。
仕事はしないと生きていけないだろ。
とだけで我慢したけれど。
仕事はしないと生きていけない。それなら何が一番大事はわかるだろうだろ?
と、本当は言いたかった。
「……はぁ」
佳祐は絶対に言わないだろうな。それ。
でも、言われたら、その当時のようには即答できなかった。
きっと。
絶対に。
「正月、かぁ」
朝、そう呟いたら、部屋は「えぇ……まぁ……」と一人しか今ここにいないことに戸惑っているように思えた。
もう一人の主人がベッドにいないから、なんとなく寝ぼけているような、逆に、そのもう一人の主人を待って寝不足なような、どこか、とぼけている感じがする。きっと俺のこんな退屈な独り言もよく響くほど静かなせいだ。
人が暮らしている音、もう一人いたら、何かしら聞こえる寝息だったり、もうすでに起きていたら、聞こえてきそうなコーヒーメーカーのお湯の音だったり、もしくは、小さく優しい声が、大事な胡蝶蘭に「寒いですね」と話しかける声だったりがするだろう。
でも、今、そのもう一人は実家に帰ってしまっていていないから。
部屋も胡蝶蘭も、退屈そうだ。
もちろん、俺も。
一つ、佳祐には見せられない、でかいあくびをしてからベッドを出た。
帰ってきたのは除夜の鐘はまだ鳴る前の時間帯。ただ夜から風が強くなるという予報通り、北風はきつかった。昨日が更新工事の最終日だったから、そこまで遅くはならなかったけれど、それでも、これから初詣だなんだと、浮かれていそうな輩の間を帰るのは少し億劫だった。
いや。
もしも、佳祐が家にいるなら、別に億劫じゃなかっただろうな。
走ってて帰ったりしたかもしれない。
柄にもなく。
本当。
柄にもなくな。
前なら、大晦日だからなんだというのだと、淡々としていただろう。
更新工事の責任者も快く引き受けただろうし。
元旦だからと特に気にすることもなく、コーヒーを淹れて、特に溜め息もつかず、もしかしたら、残り数日の休暇を一人で有意義に過ごそうと、鼻歌混じりでキャンプの準備でもしていたかもしれない。
あの、佳祐が気に入っている一人用キャンプ仕様のヒーターを持って。外で、冷たく冴えた空気の中で飲む、舌がやけどしそうなほど熱いコーヒーは格別なんだと楽しみにしながら。
「キャンプ、ね」
仕事を終えて帰ってくると、テーブルの上におすすめのキャンプ場の案内文が、とても綺麗な手本のような字で書いてあった。
――実家に年末年始の挨拶に行ってきます。成徳さんも久しぶりにゆっくりお休みしてください。年明け、お時間ありましたら初詣、一緒に行きたいです。
それからそんなメッセージ。
驚いたんだ。
このメッセージを読んだ瞬間、自分がホッとしたことに。
呆れらても仕方ないほど、ここ数週間すれ違っていた。
それこそ、大昔、詰め寄られたあの質問を佳祐にされてもおかしくないくらいに、ほとんど顔を合わせられなかった。
だから、初詣は会えそうだと、呆れられてはいないようだとホッとしたなんて。
少し前の自分に話したら笑いそうだ。
「帰ってきたら、餅、食うかな……」
そのうち、キャンプファイヤーでお餅焼けないでしょうか? なんて言い出したりして。
「っぷ」
本当に言い出しそうで、つい、笑った。
元旦、きっと、佳祐は忙しくしてるだろう。あそこも名家だろうから、新年早々、着物でも着て親戚周りかもしれない。餅もそんなに食わないかもな。
去年の正月の様子を全部知ってるわけじゃないからな。
今の状況で実家に帰省は最優先されるだろ。
ただ、それじゃあ、俺は俺で、とキャンプをする気にもなれそうもなくて、面白い。
あんなに一人が心地よくて、楽しかったのに。
――ピコン。
「……」
あけましておめでとうございます。
「……」
多分、俺が朝から移動してキャンプ場で朝日を堪能し終えて、ゆっくりコーヒーでも飲んでいるかもしれない、と予想したかもな。そんな時間帯。
「……」
明けましておめでとう。
コーヒーを飲んではいるけれど、初日の出は逃したよ。隣には胡蝶蘭がいるかな。
―― 仕事がバタバタしていて悪かった。
そう返事を付け足して。
あら、そんな気遣いもするのね、と胡蝶蘭が笑っているような気がした。
そして、そんな胡蝶蘭に遅ればせながら初日の出を当ててやりながら、主人が一人いない部屋はやはりどこか退屈で、静かで、コーヒーはどこか苦味が強い気がした。
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