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成徳視点 6 待ては待ては苦手なようで
不自然、じゃないか?
二日にわざわざ実家に?
友人だとして、そんなことするか?
本当の友人の場合、俺なら――。
「………………ま、いっか」
小芝居は上手いほうだ。どんな阿呆な幹部だろうがちゃぁんとお世辞くらいは言える。だから、まぁ、友人のフリもできるだろ。
多分。
きっと。
「さてと」
キャンプには行かなかった。
元旦は主人が一人足りない我が家でゆっくりしながら、そのもう一人の主人が帰ってくる明日のために買い物をしたりして。きっと、おせち食べてただろうから、洋風がいいかもな、なんて考えて、シチューとかがいいかもしれないと。また、外で食いたいとか言い出すかもしれないしって。
で、そこでふと気がついて、一人、元旦から店を開けてくれている働き者なスーパーマーケットの片隅で苦笑いしてた。
趣味はアウトドア。
理由は一人になれるし、一人が一番の癒しだから。
なのに、今、考えるのは一人じゃなくて二人でいる自分で。一人でしていたアウトドアは、二人でするキャンプに変わり。
あんなに好きだったぼっちは、もう今じゃ――。
「……こっちか」
二日に友人がちょっと足を運んだ、と言うのなら、スーツは場違いだろ?
ジャケットに、カジュアルなニット。それからウールのコート。マフラーは上質なもの。手袋も。革靴。
手土産は一応な。界隈ではかなり有名なスイートポテトなんかはどうだろう。干し柿とかも良さそうだったが、スイートポテトの方が佳祐が好きそうだったから。
あまり気張らないくらいの手土産がいいだろ。
「はぁ」
ひとつ、深呼吸をすると、口元に真っ白な吐息が広がった。
「っぷ」
そして、深呼吸をしたことに、自身で笑った。
深呼吸だって。
緊張してるのかもなと。
明日には帰ってくると言っている恋人にかまって欲しくて、実家までやってくるような阿呆に呆れやしないか?
二日にわざわざ遊びにくるか? 実家まで?
そんなことを考えて、多少なりとも緊張して深呼吸なんてしている自分に笑って。
「……ここ、か」
到着したのは、立派な和建築のでかい家。
ザ、名家って感じの。まぁ、あの良い子ちゃんの様子からして「おぼっちゃま」だろうと思ったけれど。
そっと、インターホンを押すと、佳祐の声をいくらか高くした声が返事をしてくれた。
「あの、突然失礼いたします」
あの、なんて、言い淀んだ。
「私、佳祐くんの友人で河野成徳と申します。佳祐くんはご在宅でしょうか」
「あらっ、ちょっとお待ちください」
少し、心臓がドクドクと躍っている。
「ごめんなさい。今、あの子、豆五郎のお散歩に」
「豆……」
「初めまして」
その笑顔が今一番見たい笑顔にそっくりで、気持ちが、ほぅ、と柔らかくなったのを感じた。
「まぁ、お土産まで、本当にありがとうございます」
「いえ」
「そろそろあの子帰ってくるかと思うのですけれど」
「すみません。一度、出直して」
「とんでもないわ。どうかいてください。まさかご友人が来てくださったのに出直していただいたら、あの子大騒ぎしますもの。もうあの子は、年末年始、挨拶に来たのでは? と言いたくなるくらい、口をへの字にして」
への字にした佳祐か、見たことないな。
「退屈ですって顔して、不貞腐れてるんだもの。もう」
へぇ。
「散歩でもしなさいな、と、さっき追い出してしまって」
「いえ」
思わず笑った。一生懸命話す様子が、仕事の話、先生の話、そんな時の佳祐によく似ているから。
佳祐に似て、穏やかだけれど、どこか気丈な感じのする女性だった。雰囲気が似ている。俺に椎茸を食えと言い張る時の感じ。
その時の佳祐を思い出して、あの顔が見たくて。
よっぽどなんだろう。
まぁ、よっぽど、だよな。
じゃなくちゃ、フツー、実家まで来たりしないだろ。
よっぽど、俺は佳祐に会いたいんだろ。
「ただいま、お散歩終わりまし、」
でかい家だ。その声はとても小さくて、でも、確かに聞こえた。
「大晦日までお仕事だったなんて、お忙しい中で」
「いえ、他の同僚は一般的な休みをもらってます。私だけ、今回、官庁内の工事の担当責任者だったもので」
佳祐だ。
「ま、豆五郎、ちょっとここで待っていてください!」
豆って名前がついてるけれど、佳祐の声に反応して返事をする犬の声は相当デカそうだ。
「足! 足拭きますからっ!」
ほら、でかい。
返事の「ワン」が大型犬のそれだ。
それにしても大慌てだな。
先生が見たら、おお元気なことだ、と笑われるぞ? 普段、物静かな有能秘書なのに。
「おかあさん! あのっ」
それにしても、俺はどれだけ、なんだ。
「まぁ、工事の」
「えぇ。管理職になるための勉強がてら」
「大変ですこと」
「あのっ…………」
「あら、佳祐、お散歩ありがとう」
「あの……」
どんだけ、佳祐に会いたくて仕方なかったんだろうな。
「お邪魔してる。明けましておめでとう」
「……あけ……して、おめでと……ござい、ます」
散歩をせがむでかいワンコみたいに、待て、を守れず、主人のもとにやってきてしまったワンコみたいに、ここで佳祐の帰りに気持ちを弾ませる自分に。
「っぷ、鼻、真っ赤だな」
久しぶりにその顔が見れたと、その声を電話越しじゃなく聞けたと、こんなにはしゃぐ自分に。
どんだけ、俺は佳祐が好きなのだろうと。
思わず笑ってしまった。
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