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成徳視点 8 春かな
あぁ、そうそう、俺は神様とかも全く、一ミリだって信じてなかったりした。
「うー、さみぃ」
「はい。寒いですね」
なぁんて、神社で思ったりしたらバチが当たるかもな。
なぁんて、考えながら、はぁ、と白い息を吐くと、厳かな雰囲気を醸し出すぞと言わんばかりに、境内のスピーカーからお琴の音色が機械めいた響きと一緒にその白い吐息が空に広がっていく。
もっと人いるかと思ったけど、そうでもないんだな。
あんまりさ、正月だからと神社に来ることはなかったから、ピークがどんなものか知らんけど、でも、ほら、よくテレビニュースで取り上げられてる有名所なんて、ものすごい混雑ぶりだろ? それを想像していたから、全然、ちっともだった。
「あ、佳祐、あそこ、お焚き上げ」
「あ、はい」
お焚き上げの場所を見つけると、手続きを済ませてから、佳祐がそっと手を合わせ、お辞儀をして、お礼をして、真っ赤なお守りをその中へと放るでもなく、添えるように置いた。
「縁結び?」
「ぁ、はい」
へぇ、当てずっぽうで言ったんだけどな。本当に縁結びだったのか。今お焚き上げをするってことは、去年一年のか? へぇ、じゃあ、去年の正月もしくは去年のどこかのタイミングでは縁を望んでたってことだ。
「去年、ここで買ったんです」
「へぇ」
正月、の頃ってことか。
「あ、その時、聡衣さんと久我山さんにお会いして」
「へぇ」
じゃあ、その時は、縁を待ってた? 探してた?
「とても仲睦まじくしてらっしゃいました」
「ふーん」
それが俺だったのか。
もしくはたまたまってだけで、もしかしたら、もっと良いのがいたのか……もしれない、のか。でも――。
「うちらの方が仲睦まじいデショ」
なぁんて。
「鼻、真っ赤」
「あ、すみません。寒さで」
「可愛いって意味」
「……」
よかった。
俺がその縁の先にいられて。
「さ、帰ろう。寒すぎ」
「は、はいっ」
なぁんて思った。
だから、まぁ、前は信じてなかったけど、結構偶然が重なって、今俺たちはここにこうして二人でいるわけで。そもそも接点なかった俺たちを繋げた、あのデレたバカップルもきっかけは神がかった偶然な訳で。だから、まぁ。
神様。
ありがとうございます。
と、ちょっと思った。
「はぁ、幸せ」
「!」
そっと、そんなことを呟くと、佳祐の頬が寒さだけじゃなく、むしろ、一人で先に春爛漫色に染まった。パッと花開くように瞳を輝かせて。幸せという目に見えないはずのものを今目の前にしているみたいに、表情をキラキラとさせる。
「今度さ」
神様なんて信じてなかったけれど、言うなら、今かなと思った。
「正月の挨拶じゃなくて」
「?」
「ちゃんと挨拶しに行くわ」
「………………ひゃえ?」
「佳祐のとこ」
「その後、うち」
「ひゃあああああ?」
「うー、本当に底冷えするな。火起こししたくなる」
永遠に添い遂げる、みたいなことを口にするなら、今、この、少しわざとらしい気がするくらいにスピーカーから機械地味て聞こえるお琴の音色鳴り響く、神様の目の前がいいかなと思った。
「ほら、帰るぞ」
そのほうが信じてもらえそうだろ? 冗談じゃなさそうだろ?
「は、はいっ」
結構本気なんだと、伝わるだろ?
そして佳祐へと手を差し出すと、元気に返事をして、ぎゅっと思いっきり、痛いくらいに握るから可愛くて、楽しくて、幸せで、寒さなんて吹き飛ぶくらいに幸せで笑っていた。
まぁ、実家に挨拶行くとなれば、いつくらいがいいだろうな。
春、かな。
とりあえず、残り数日の冬期休暇は二人でゆっくり部屋の中で幸せに過ごして、さぁ、年初めと、仕事にバリバリ精を――出す前に、一応な。
名前、なんて言ってたっけ。
堀田?
堀之内?
本田?
あ、福島だ。
全然違ってるな。俺の記憶力大丈夫か?
は行、しか合ってないし。
「あ、蒲田さん、お疲れ様ですぅ」
「お疲れ様です。お茶、ですか?」
へぇ、あれか。
まぁ、可愛いほうかな。知らんけど。
別に、その猫撫で声のぶりっ子仕草が佳祐に効果的に効いてるかどうか判断できてない時点で、おつむの方は普通くらいかもな。ああ言うのが好きな男もいるんだろうな。
知らんけど。
「そうだ。蒲田さんはお正月、やっぱり恋人さんと過ごしてたんですか?」
「あー、でもお仕事があったので半分くらいは」
「えぇ、もったいなぁい」
もったいなぁい、って言いながら、くねくね動くの、可愛いと思ってるんだろうな。すごいな。
「やっぱりバリバリお仕事する人が恋人だと大変ですよねぇ」
「いえ、そんなことは」
そうだ。恋人いるってわかっててガッツあるなぁ。勝つ自信あるってことなんだろうな。それもすごいな。
「そうだ、今度、またお料理とかしたいのがあったら是非。私、お料理も家事も得意なのでぇ」
「あ、僕、今度、パスタ覚えたくて」
横取りまで狙ってるのか。やっぱりすごい。そのガッツと根性できっと先生はスタッフの一人に招いたんだろう。根性は大事だから。あとああいうタイプ、風邪とかも引かなさそうだしな。
「わー、すっごい得意です。もしよかったら、私のうちで実践付きで」
「ありがとうございます。でも」
でも、知らんけど。
「大丈夫ですー。俺が教えるので」
この辺までだなと、割り込んでみた。
「キャっ」
「! 成徳さん!」
「なのでご安心を」
後ろに引き寄せて、飛び上がって驚く佳祐を抱き止めると、彼女、……えっと、福島さんが肩を縮めてぶりっ子風に驚いてくれた。
「彼にはれっきとした恋人の俺がいるので」
カミングアウト第一号にしてあげよう。君の根性とガッツと、それから、いらないだろうけど牽制のために。
「横から家庭的ですぅ感で色目使っても無理だよ。家事全般も仕事も、俺、完璧なので」
驚いた。
向こうが驚いたことに驚いた。
へぇ。
ほぉ。
なんか、佳祐の恋人、別の誰か予想していたっぽいな。
誰かな。
うーん。
でも、あの顔は男だとは思ってなかったみたいだし、その福島さんが予想していた恋人相手なら奪えるって思ってたっぽいから、うーん、誰だ?
佳祐の恋人となりえそうな人物を……あ。
いた。
あれだ。
たしか年末に佳祐のところに来たって言ってたし、バリバリ仕事もしそうだし、いや、そこら辺の使えない貧弱新人くらいなら、バリバリ頭からかじりそうだし。なるほど、あれになら勝てると思ったのか。いや、外見では勝ててないけどな。あれが持ってないところを全面に押し出したらって思ったんだろうな。
俺の同僚、敏腕、凄腕、女性官僚。
お前、勘違いされてたぞ、って言ったら面白いだろうな。
「じゃ、俺、帰るわ」
「え、もうですか?」
「そ。帰って、仕事片付けて。今日はパスタ、覚えたいんでしょ?」
「! はい。ぜひ!」
言ってみよ。
絶対に、ものすごい不機嫌顔するだろうなぁ。
はぁ? その子、目玉ついてるの? とか言いそうだな。
なんて思いながら外に出ると、今日は日差しが結構あったかくて、自然と頬の緊張が解けて。
「やっぱ、春、くらいだなぁ」
そして帰りに少しピクニックをしてもいいかもしれない。
佳祐の実家の近く、犬の散歩にも良さそうな川の土手辺りはまだ蕾も何もなかったけれど、その春にはきっとそれは見事な桜が見られそうだったから。
「……さて、仕事するか」
佳祐の実家に挨拶へ行くのは、春にしようか、なんて、考えていた。
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