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セクシーメリークリスマス編 1 彼はとっても忙しい

 僕は仕事が今までで一番の、好きなこと、だった。  仕事が生きがい、だった。  今も仕事はとても大事だし、生き甲斐の一つだし、この仕事は好き、だけれど。 「さて、蒲田くん、そろそろ片付けようか」 「はいっ」  今の僕の生き甲斐は一つではなくなった。大事なものも一つではなくなって、好きなものがたくさん増えたから。 「おや、片付けが素早い」 「す、すみません」 「いやいや、良い事だよ。ダラダラが一番良くない。テキパキと素早く、それから切り替え、とても大事なことだ」 「はい」  生き甲斐が増えて、大事なものも増えて、好きなものが増えたら、とても忙しくなった。  生き甲斐、になるのかな。うん、でも、成徳さんを幸せにしたり、元気にしたり、健康になってもらえたりするのは僕の生き甲斐だと思う。  成徳さんはとても大事な人で。  とても大好きな人。  けれど、大変なことに大事なものと、好きなことは成徳さんの一つだけではなくて。 「今日は何か用事があるのかな?」 「あ、はい! 友人、と、お酒を」 「それは楽しそうだ」 「はい。とても楽しみにしていたんです。地方にいらっしゃる方なので、久しぶりにお会いできるんです」 「ほう、それではゆっくりできるといいね」 「はいっ」 「蒲田くんが楽しそうで嬉しいよ」 「! ありがとうございます」  今日は聡衣さんがこちらに来るんだって教えてもらえた。お仕事で久我山さんと戻ってきてるって、数日だけれど。その中でありがたいことに、時間を作っていただけたから、僕と、それから汰由くんと、三人でお食事をすることになった。 「いってらっしゃい。寒いから気をつけて」 「はい! ありがとうございます」  元気にお辞儀をすると先生が楽しそうに目元にくっしゃっと皺を寄せながら、笑ってくれていた。  好きが増えた。  成徳さんとお付き合いしてから、僕の世界は驚くほど広がった。  大好きな人ができたら、大好きと思う友人ができた。  そんな友人たちを招くためにレストランを選ぶのさえ、すごく楽しいということに気がつけた。 「お酒、うまー!」  そう言って聡衣さんが空になったグラスを傾けた。 「やっぱこっちは人がすごいよねぇ。なんか、久しぶりでおのぼりさんって感じにキョロキョロしちゃった。このへんも駅前、すっごい綺麗になったし。でも逆に綺麗になりすぎて、全然違っちゃったから降りる駅口、間違えた。大昔、この辺りのショップで働いてたんだけどなぁ」 「この辺りのお店に、在籍されてたことが」 「す、すごい。お洒落。でも、聡衣さん、やっぱりオシャレですもんね。羨ましい」 「えー? ありがとー。めちゃくちゃ嬉しい」  大事な人ができたら、大事にしたい場所ができた。  僕は聡衣さんたちと過ごすこの場所がすごく大事で楽しくて、嬉しい。 「今日は気合い入れてコーデしたんだぁ」 「ポ、ポイントとかあるんですかっ?」 「や、汰由くんはもう今のまんまで充分だから」 「ぜ、全然ですっ」  僕にしてみたら汰由くんも聡衣さんも、十分すぎるくらいにお洒落だけれど。淡いピンク色のニットが似合う同性というのは、なんというか、すごいと。聡衣さんも大人っぽくて、全身黒なのに、ちっとも怖い感じにも、暗い感じにもなっていないのが、さすがというか。僕が着たら、きっと通夜のようにしかならないと思うし。 「でも、蒲田さんはあれだよねぇ」 「あ、俺も、はい、あれだと思います」  僕、ですか? 「なんかね」 「はい。なんか、です」  なんなんでしょう。 「スーツ姿がね」 「はい。そうです」  えぇ? 僕のスーツ、普通ですよ。奇抜なところなんてないし、ドレススーツでもないし。ただの、平凡なスーツ。 「なんでか可愛いよねぇ」 「はい。なぜか、可愛いです」 「スーツなのに」 「スーツなんですけどね」  ひぇえ。  と、不思議な返事を胸の内でだけしていた。  聡衣さんが訝しげに、そして、汰由くんは眉間にぎゅっと皺を寄せて、溜め息混じりに。スーツが可愛いなんてって。そんなことを言われても。  可愛い、というのはもっとフリルフリフリとか、もこもこぬいぐるみとか。そういうものを可愛いと言うと思うので。僕はちっとも。グレーのスーツにはフリフリフリルも、もこもこも付いてないのに。 「蒲田マジック」 「ひぇええええ」  思わず奇声をあげてしまった。僕、マジックなんてできないもの。鳩もお花もスーツの内側から出せないもの。 「そ、それよりもっ、今日は、この辺りのホテルに?」  これは大変だ。スーツの内側から鳩を出せと言われても、期待に応えられそうになくて、僕は大慌てで話を全く違う方へとググッと変えていくことにした。 「あ、うん。近くのホテル。けど、多分遅くなるんじゃないかなぁ。上司さんと食事会って言ってたから」 「あ、成徳さんも多分同席してらっしゃいます。今日は遅くなるとおっしゃってたので」 「義信さんも今日はお仕事遅くなるんです。メーカーさんとの食事会で」  三人でほとんど同時に「おー」って言っていた。 「じゃあ、今日はガッツリ飲もうよ」 「是非是非」 「あ、俺もお二人の話、色々聞きたいですっ」  好きが増えた。  僕は好きな友人がいて、好きな場所があって、好きな人がいて、前よりも忙しくて。 「とりあえず、お酒、おかわりする人ー?」 「はい!」 「あ、俺もっ」  前よりも、日々が楽しいことだらけで溢れている。

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