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セクシーメリークリスマス編 2 彼らは溺愛されている

 前菜で出てきた椎茸のお料理美味しかったなぁ。あまりに絶賛していたら、レシピまで教えてもらえてしまった。今度、成徳さんにも作ってあげよう。これは、うん、絶対に、椎茸を天敵のように思っている成徳さんだって虜にできてしまう気がする。  僕も椎茸とチーズがこんなに相性良いだなんて知らなかったもの。ポイントは、ニンニクの切り口を椎茸のヒダの部分で撫でる。塗ってはダメです。撫でるだけ。塗ってしまうと香りが強くつきすぎるので、椎茸の風味を打ち消してしまうんだそうです。  撫でるだけです。  うんうん。 「もうクリスマスだねぇ」 「あ、はい」 「今年、国見さんは? 海外に買付とか行くの? クリスマスマーケットがすごく好きって、前に言ってたけど」 「あ、えっと、今年は、行かないんです。僕が、その、パスポートも持ってないし」 「なるほどぉ。一緒に行きたいのねぇ、国見さん」 「あっ、違っ、僕が、えっと」 「ふふ」  真っ赤になった汰由くんに、聡衣さんが柔らかく微笑んで、その拍子に真っ白な吐息がふわりと僕らの目の前に立ち込めた。  もうクリスマスだ。  去年はお仕事忙しくて、大変だったっけ。ちょうど出張と、あと成徳さんは職場の電気工事の監督というか対応係になっていたのも重なってしまって、僕らはクリスマスどころじゃなくて。しかも実家に帰ったりしてたから。 「でも、クリスマス、今年は何をあげようかなぁって。お店あるから、どこか食べに行くっていっても忙しいだろうし。っていうか、もうどこもレストラン埋まっちゃってるから、今更なんですけど……」  そう汰由くんがポツリポツリと話す度に小さな白い雲が汰由くんの周りに出現する。 「えーじゃあ、国見さんとこでホームパーティーとかしたら?」 「それもいいかもって思ったんですけど、僕より、義信さんの方が料理上手なんで、なんか、下手な料理食べさせるのも悪いなって」  確かに、義くん、料理がすごく上手で、僕も何度か食べさせてもらったことがあったっけ。あ、そういえば、義くんが大昔に作ってくれた椎茸のオイル漬け、美味しかったなぁ。しばらくハマってしまって、作ってもらっては、いただいて、ことあるごとに食べてたっけ。先生にもお裾分けして、すごく好評で、僕、義くんに椎茸のオイル漬け屋さんやればいいのにって、アドバイスしたことがあった。  あれ、成徳さんにいいかもしれない。  作り方、今度聞いてみよう。 「そっかぁ。でも汰由くんの手料理とか、国見さん、溶けちゃいそうな顔で食べそうだけどなぁ」 「えぇ? そんなことは」 「あるある、絶対にある。ね、蒲田さん」  わ、僕に、お話が。 「あ、あります! きっと義くん、デロデロに溶けます。跡形もないくらいに」 「えぇっ」 「あははは、溶けすぎだけど、ありえる! もう国見さんの汰由くん溺愛すごいもん」  本当に、あんなになるんだなぁって、僕も思うし。 「あ、じゃあさ、汰由くんがごちそうになれば?」 「ひへっ? 僕が作るってことです?」 「違う違う。汰由くん自身がごちそう、になるの。セクシーなの着て、プレゼント自身になっちゃえばいいじゃーん」  聡衣さんが、パッと両手を広げて、楽しそうにそんなことを言って、汰由くんが、頬を真っ赤に染めている。 「え、えぇ……」 「良いと思います! 義くん、大喜びすると思います」 「えええっ、ちょ、蒲田さんまでっ」 「ね、蒲田さんもそう思うよね?」 「はい。汰由くんが何やってもデレデレなので。何されても、溶けると思いますが」 「っぷは、まさに骨抜き」 「そ、そんなことっないですって」  ふわりふわり、白い息が僕らの周りに出現しては消えていく。おしゃべりが弾んだ分だけ、ふわふわって。 「でも、溺愛で言ったら、あれもじゃん」 「?」 「河野の、蒲田さん溺愛もすごいよね」 「ほ、本当ですかっ?」 「うん」  ふわり、ふわふわ。 「河野も溶けちゃうんじゃーん? 蒲田さんのセクシーな格好とか見たら、もうダメかもね。デレデレで」  ふわり、ふわ。 「溶け……」  そう、なのでしょうか、溶けてしまったら嫌だけれど、そのくらい、お二人のパートナーのように成徳さんも僕のこと溺愛してくれるでしょうか。  ――佳祐。  わ。  素敵。  いいなぁ。  そんなふうになっていただけたら、僕、どんなクリスマスプレゼントよりも喜んでしまう。 「溺愛で言ったら、久我山さんもすごいですよ」 「は、はい! 僕もそう思います!」  と、いけません。今は皆さんとお話中なんです。  そう慌てて顔を上げた。 「久我山さん、聡衣さんと一緒にいる時だけ、顔が違います。こんな顔が……こうなります」  僕は眉をぎゅっと寄せて、口を真一文字に結んでから、両手で自分の顔を挟み、下に引っ張ってみせた。もちろん、僕よりもずっと整った顔だから、その辺りは空想でどうにか補完してもらうとして、でも、本当にそのくらいにとろとろになってるから。 「あはは、そんなに違ってる?」 「違います。違います。別人です」 「あははは」  そして聡衣さんが笑う度、汰由くんが、コクコク頷く度、僕がおしゃべりをする度に、白い雲が浮かんで溶けて、また浮かんで。  すごく寒い冬の夜なのに、僕らか楽しくて止まらなくて。  お二人となら、立ち話も好きなことの一つに加えられそうなくらい、とても楽しかった。

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