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セクシーメリークリスマス編 3 本当に好き
――もうダメかもね。デレデレで。
僕のセクシーな姿に、そんな成徳さんが見られたりするのでしょうか。
デレデレで、溶けちゃった成徳さん。
「…………わ、ぁっ!」
こ、怖かった。び、びっくりした。その言葉のとおりに想像したらホラー映画になってしまった。お、恐ろしいことに、成徳さんが危うく命を落としてしまうところだった。
そ、そうではなくて、本当に溶けてしまった、ではなくて。
「む」
口をぎゅっと結び直して、頭の中をリセットする。
そうそう、そうです。僕は本当に成徳さんを溶かして暗殺したいわけではなくてですね、ただ、とろとろになっていただきたいというか。
でも――。
「?」
はて。
「……」
僕のセクシーな姿とは。
セク。
「シー……」
とは?
なんでしょう。
僕から一番遠い言葉のように思います。僕に当てはまる言葉と言ったらですね。
「カチカチ」
そんな感じがします。
「ぎゅ」
とかも合ってる気がします。このなんというか、硬い感じが。四角い、といいますか。こう、ぎゅとしてる感じがすると、自分で体にぎゅっと力を込めてみた。そうそう、この硬い感じが僕っぽいような。
あ、身体は柔らかいほうです。柔軟体操、子どもの頃毎日してたので。
そうではなくて!
僕が思う、僕の印象は、真面目で四角くて、面白みがなく、親しみもなく、とっつきにくいっというか……なんだか、自分に当てはまりそうな言葉を探していたら、どんどん「セクシー」からかけ離れていることだけはわかってきましたけど。
「うーん」
セクシー。
「とは」
「何一人で百面相してんだ?」
「! 成徳さん!」
また、びっくりした。さっきは溶けてしまった成徳さんに驚いたけれど、今度は、突然、出現した成徳さんに驚いた。
「ちょうどだったな」
わ。かっこいい。朝、おうちを一緒に出る時には、コート着てないから、あと、帰って来た時も、玄関先でコートを脱いでしまうから、僕にはとてもレアなそのコート姿に見惚れてしまう。
「は、はい」
チャコールグレーのコートがこんなに似合う人はそうそういないのではないでしょうか。もしかしたら世界一かもしれません。
今日のお食事会を解散したあと、僕は一つ乗換があって、ちょうど電車を待っていたところだった。
ここで、駅で電車を待っている数分の間にこの、駅のホームのここでばったり会えるというのは奇跡的だと思うんです。
「楽しかったか?」
「はいっ、とっても」
成徳さんも久我山さんと一緒の食事会に同席していた。なら、きっと、聡衣さんもほとんど同じ時間くらいに久我山さんと合流できたでしょうか。汰由くんは駅まで迎えに来てくれた義くんと一緒だったし。
「何百面相してたの?」
「え?」
「今」
「あ、えっと」
成徳さんが溶けてしまってびっくりしたのと、セクシーとはなんなのか、という僕には縁遠いキーワードを深く根底から考えていたところだったんです。もう迷宮入り直前でした。
「飯、美味かった?」
「はいっ、とっても!」
「そりゃよかった。あそこ、前に食事会で行ったんだけど、好評だったからさ」
「成徳さんはやっぱり、すごいお店をご存知です」
そうまるで自分のことのように胸を張って言い切ると、その様子に成徳さんがあははって楽しそうに笑ってくれた。
僕はその笑顔に、胸が苦しくなる。
なんというか、窒息、とかの苦しさではなくて、なんていうのが一番なのだろう。ぎゅっと、ぎゅぎゅーっとして、ふわわわわと、高揚感というか。僕、大学生の時、論文は上手だったほうなのだけれど、成徳さんと一緒にいる時はそんな自慢の語学力が半減してしまう。もしかしたら半減どころじゃなく、壊滅、かもしれないくらい。
「あ、椎茸がすごく美味しいお料理が出ました」
「げ」
「今度作りますね! レシピ、教えていただきましたので」
「げー……」
「ふふ」
成徳さんが困ったように顔を歪ませた。まるで小学生の子どもみたいに、なかなか椎茸を食べたがらないところが可愛くて。だって、この間も、椎茸ご飯、おかわりしてたのに。案外、美味しいって気がついてるはずなのに、意固地に椎茸が好きじゃないって言い張っている。
「ほら、佳祐」
「? わっぷ」
成徳さんはそう言うと、首に巻きつけていたマフラーを僕の首に巻いてくれた。カシミヤのマフラーはとろけるほどに肌触りが良くて。
「ダ、ダメですっ成徳さんがっ」
「俺はいらないから佳祐がしてな」
「ダメですっ」
「してて、俺のために」
「!」
微笑まれると、胸の奥がぎゅっとします。
「にしても、久我山、相変わらずだったなぁ」
「?」
「あ、聡衣なんか言ってなかった?」
「? いえ……何も」
「ふーん、ま、いっか」
「?」
なんでしょう? 何かあったのでしょうか。けれど、それは悪いことじゃなさそうです。成徳さんが笑ってらっしゃるから。
その時、駅に電車が流れ込んできて、成徳さんの後ろに流している前髪が少しだけ乱れてしまった。とてもかっこいいヘアスタイルが乱れてしまうのがもったいなくて、慌てて、それを手で整えてあげる。
「ほら、やっぱ」
「?」
「指先冷た」
なんて素敵な人なのだろう。
僕は、僕は、本当に貴方のことが大好きです。
そう胸の中で唱えながら、握ってくれる優しく温かい手をじっと見つめた。
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