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ヤキモチエッセンス編 1 汰由相談室
四月は色々なことが始まる時期です。
新生活。
新学期。
新入生に、新入社員。
そして、そして、新入職員。
四月から、秘書がお一人増えるというか。四月でお一人、結婚退職されるので。
――そんなもの、やるべき仕事を教えて、できなかったら、おい、できてないぞって注意を促して、できてたら、はいじゃあ次はこれやって、って、だけだろ。
そうなんです。
そうなんですけども。
今の若い人は色々ナイーブだと伺っています。
ハラスメントの種類がいっぱいあるんです。どうやら、食事会に招くのも気を付けなければいけないんです。飲めないお酒をちょっとでも勧めようものなら、それはそれは恐ろしいことに。
この前なんて、人違い? ハラ違い? をしてしまって大失敗だったんです。
――フキハラとかもう最悪よ。この前なんて、自販機に八つ当たりして、蹴っ飛ばしてるとこ見ちゃって。うわぁって。
――あ、それ、私も見た。確かに、フキハラはね。どうにかしてよ、ご自身で、って思う。
そんな会話が食堂から聞こえて来たんです。たまたまその日は、外食でなかった僕は、びっくりしてしまって。
同世代に、蕗原(ふきはら)くんという優秀な人がいて。最近、バッタリお会いした時は、全然普通だったし、良い人だなぁ、僕もあのくらいしっかり、ドーンと構えていたいなぁと思ったりもしたのに。
何やら、最悪だと、噂をされてしまっている。
どうにかしてよ、と叱られてしまっている。
これは大変だ。
同期として、助けてあげなければ。
この間、お会した時だって。
――何か手伝えることでもあったら、何なりと申しつけてくれ。
と、優しく声をかけてもらえたのだから、逆に、僕も何か手伝えることがあったらやらなければ、と。
慌てて、蕗原くんの元へと駆けつけて。
自販機でもなんでも、物に当たってはいけないって。
――は? 自販機なんて、蹴っ飛ばしてないけど?
そう言われてしまったんです。
そうなんです。
蕗原くんと。
不機嫌ハラスメントを。
間違えてしまったんです。
あれはとても恥ずかしかったです。
あの後、成徳さんにそのことを話したら、とても笑ってらして。
あぁ、今、思い出しても顔が熱くなる。
って! そうではなくて。僕のハラスメント失敗談ではなくて。
昨今の若い方への対応で迷うことがあるかもしれないんです。仕事の教え方とか、接し方とか。僕はそもそも業務上での人付き合いはこなせても、根本的に人付き合いが上手な人間ではないので。
だから、ここは相談窓口に同年代の若い方に立っていていただかなければと、思ったんです。
『も、もしもしっ』
「夜分にすみません」
『い、いえっ』
僕の周囲には年配の方か、同世代で言ったら、女性が多くて。今度入ってきてくださる方は男性なので、やはり、性別にこだわるわけではないですが、でも、同じ男性からのアドバイスの方がいいと思うので。
それに、この方はとても朗らかで話しやすいのです。
「元気かなぁと思いまして」
『はい! 元気です!』
「そのようです」
ほら、とても可愛らしい。
『……あの、えっと』
忙しかったかな。この時間ならお店は終わってるだろうと思ってかけてしまったけれど。
「すみません。ちょっとご相談したくて」
『は、はいっ』
「あのですね。四月から新卒の方が入るんです」
『はい。そうなんですね』
「それで、新卒の方と僕では世代が違うので、よくわからなくて、色々、今度でいいのでご指南いただけないかなって」
無言、だ。
すごくお忙しいとは思うんです。大学生をしながら、アルコイリスで義くんにこき使われていて。一度だけ、棚卸しを手伝ったことがあるんです。大昔のことだけれど。僕が計算がとても速いからって。それはそうです。暗記の全国大会にだって出場したことあるんですから。それならと僕は駆り出され、まだ大学生の時だったけれど、遅くまで棚卸しに付き合わされて。
って、また、別のことを思い出して、やれやれ、なんて言ってる場合じゃないんです。
無言、になってしまった。やっぱり、ちょっと。
「あの、ご迷惑……」
『! あっ違っ、すみませんっ! はい! なんでも、質問してください!』
あ、よかった。では、その時はどうかよろしくお願いしますって頭を下げた。
「どうですか? アルバイトしながら大学生をするの大変じゃないですか?」
『全然です』
「すごいです」
『今日、俺の大学の人がお店に来てくれたんです。俺、お店の名刺をその人に渡して。もしよかったらって』
「それは素晴らしいです」
『背が高いので、義信さんみたいにカッコよくなれると思うんです』
「汰由くんは、義くんベタ惚れですね」
『はい! あんなにかっこよくて、大人で、素敵な人いないです』
「ふふ、そうですね」
『本当にっ』
「かっこよくて、大人で、素敵」
『?』
きっと、義くんはよく見られたいだけだと思います。あんなにデレデレで、汰由くんが大好きなのが側から見て丸わかりなので。でも、ちょっと多分背伸びをしてると思います。
「僕が知ってる義くんはかなり子どもっぽいので」
『えぇ? そんなところ、見てみたいです』
その時だった。遠くで、声が聞こえた。女性の声がした。お家なのかもしれない。アルコイリスでのアルバイトを終えて、帰宅したばかりだったのかもしれない。
「もしかして、お邪魔をしてしまって」
『あ、いえ、夕飯、なので』
「それはっ、大変失礼しました」
『いえっ』
「では、また、相談させていただくと思うのですが、その時はよろしくお願いします」
『はいっ』
そこで電話を終えた。
「……さて」
僕もそろそろ帰ることにします。
時計を見れば、成徳さんの方もそろそろ帰れる時間だと思うので。
一緒に帰れるかな。
電話をしてみようかな。
お邪魔じゃないかな。
「!」
その時、手の中のスマホがブルブルってした。画面には成徳さんって表示。
「は、はいっ!」
元気よく返事を、ついしてしまうと。
『もう終わった? 今、迎えに行こうとしてるんだけど。タクシーで』
「はい!」
『着いたら連絡する』
「はい!」
お仕事は終わりにして。
「ふふ」
やった、一緒に帰れるぞ。と、弾んだ気持ちと、緩んだ口元のまま、スプリングコートをギュッと握って、スキップするように秘書室を後にした。
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