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ヤキモチエッセンス編 2 新人、男なんだもんなぁ、と、河野は思った。

 僕にしてみると、義くんは子どもっぽいところがあるのだけれどなぁ。とくに汰由くんのことに関してはとてもはしゃいでいるし。  逆に汰由くんの方がずっとちゃんとしているように見えるというか。  けれど、好きな人のことは特別キラキラして見えるものなのかもしれない。  汰由くんにはとてもとっても素敵で、大人で、かっこいい恋人、みたいです。  惚れたナントカなのでしょうねと思いながら、駅へ向かって歩いていた。  そして、前方、駅の改札前、大きな木の下にいる、とてもかっこいいモデルさんのような男性を見つけて。 「!」  気持ちがぴょんと跳ねた。  朝、手に持っていただけのスプリングコートを着て、駅前に佇む彼がまるで絵画のように素敵だったから。  ほら。  ほらほら。  濃紺カラーでキュッと引き締まった印象。それに丈が短いので、長い脚がスラリとしていて、素敵だ。  もしかして今、雑誌か何かの撮影でもしているんですか? って間違われてしまいそう。  なんてかっこいいんだろう。  はぁ、すて――。 「佳祐?」  あぁ、残念。見つかってしまった。もう少し鑑賞していたかった。 「そんなところでぼーっとしてどうした? 忘れ物?」  いえ、成徳さんがかっこいいので見惚れていたんです。忘れ物はないです。ご心配くださりありがとうございます。 「今日は、どっか外で飯食ってくか?」  それもいいですね。そうしたら、成徳さんのスーツ姿をもう少し鑑賞していられるので。自宅ではスーツ姿は朝と晩にちらりと見ることができるだけなので、とても珍しいんです。眼福、目の保養とはまさに。 「あー、けど、昨日のチーズ美味かったな。それとワイン買って、適当にパスタにするか。その方がゆっくりできるし」  あぁ、そっちの案も捨てがたいです。  ルームウエアの成徳さんは職場の皆さんは見たことのない、超レアキャラなので、僕にとっては、そんなレア装備の成徳さんを独り占めしていられる、貴重な時間なんです。いくら眺めていても良いくらい。  どっちにしょうかな。  どっちでしょう。 「っぷ、何? 俺の顔をじっと見て」 「! す、すみませんっ」  つい、見惚れてて、お返事をし忘れていました。 「ど、どちらでも」  あぁ、そして失敗してしまいました。どちらでも、なんて恋人から言われて一番退屈なお返事をしてしまった。一番つまらないお返事。 「じゃあ、帰るか。ゆっくりしたいし」 「は、はい!」  けれど成徳さんはとても素敵な人で、とても優しいから、僕のそんな退屈で、一番成徳さんにお手間をかけさせてしまう返事にも笑顔を向けてくれる。  つま先がピカピカと光沢のある革靴を、歩道の石畳に響かせながら、成徳さんが駅へと歩き出す。僕はその隣を陣取るために駆け足で並んだ。  横顔も素敵なんです。  少し後ろへと流すようにセットされたヘアスタイルもとっても素敵で。  普段、おうちではセットしてなくて、ちょっと目元にかかるんですが、それもまた素敵で、なおかつ、ちょっとドキドキしたりして。  たぶん、僕は誰にも邪魔されることがないのなら、一日中だって見つめていられると思います。 「今日は? 忙しかったか?」 「今日ですか? いつもと同じです。あ、新卒の方のための前準備を進めてました」 「へぇ」  デスクは僕の隣に設置した。そのほうが教えやすいし。なので、今、お隣のデスクが空っぽで、少し寂しいけれど。 「新品のデスクとはいかなくて、他の部屋から持ち込んだので、掃除をしたり。明日にはパソコンが届くので、それも設置しないとです」 「へぇ」 「それから備品も揃えて。あ!」 「?」  突然の声に、成徳さんがこっちへ振り返った。  と、そこで、僕は成徳さんとお話しすることに夢中すぎて前方に大きな柱があることを見ていなくて。  力強い腕いヒョイっと抱えられるようにしながら、寸前のところでその柱との激突を免れた。 「おとと……」 「ちゃんと前見ろ」 「は、はいっ」  軽々、僕のことを抱えてしまうなんて。 「ありがとうございます」  かっこいい。 「……しっかりしろよ? センパイ」 「!」  わっ。はっ。わぁ。 「っぷ、真っ赤」 「だ、だだだだ、だって」  ニコッと笑いながら成徳さんに「センパイ」なんて言われたら、ドキドキしすぎて、心臓が口から飛び出てしまう。 「……」 「? 成徳さん?」  そこで、成徳さんがじっとこっちを見つめてる。どうかしかしましたか? と首を傾げてみると。 「いや、大丈夫かなぁって思っただけ」 「?」 「その新人教育」 「! だ、大丈夫です! ちょっと危なっかしいかもしれないですが、ちゃんと頑張ります! 汰由くんに、今時の若者のことに関して、何かわからないことがあったら質問させてくださいって、窓口も設置済みです!」 「……そういう意味じゃないんだけどな。やっとこの前の横槍が寿退社したと思ったのに」 「?」  では、どういう意味です? そう、再び首を傾げると、今度は成徳さんが笑ってくれた。  笑って、僕の髪を撫でてくれる。 「まぁ」 「?」 「佳祐がよそ見はしないだろうけど」 「え、あ、今、しちゃってましたよ……すみません」  たった今さっき、柱にぶつかりそうになってたじゃないですか、としょんぼりして見せると、また笑ってる。  笑って、今度は頬を折り曲げた指で微かに撫でてくれた。  その仕草一つ一つにドキドキしながら、もうよそ見をして成徳さんの手間にはならないぞと、しっかり前を向いて歩いていった。

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