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ヤキモチエッセンス編 5 わかってないんだな、と、河野は、思った。

「わ……」  思わず、外に出た瞬間、そんな声が溢れた。 「暑いですね……」 「はい」  僕はコクンと頷いた。  今日は越前くんと一緒に大学の研究室へと来ていた。色々お話しを教授に伺いたくて、午前中に訪れたのだけれど、その時はまだ日が高くなかったからか、心地良いくらいだったのに。  お話しが終わった今は、ちょうどお昼の時間。  大学を出ると、日は空の高いところまで昇っていて、日差しも強くなっていた。  僕でこれだけ暑いのなら、越前くんはきっともっと暑いと思うんです。僕よりも頭一つ分以上、高いところに頭があるのだから。なんだか、夏めいた日差し全てが彼の頭上に集まって降り注いでいるような気がした。そして、僕はその隣に立っていると木陰で一休みできるんじゃないかって気がしてくる。  今日は各地で暑くなるとは聞いていた。そろそろ梅雨に入ってもいい時期なのだけれど、天候の方は梅雨があることを忘れてしまっているのかもしれない。もうすでに夏日となった日がいくつもあった。今日も、もちろん夏日になるでしょうと朝のニュース番組が伝えていた。 「今から帰ると二時くらいになってしまうので、どこかでお昼を食べましょうか?」 「えぇ? いいんですかっ?」 「はい。今日は午後、そこまで忙しくないので、大急ぎで戻らなくても他の方だけでどうにかなるかと」 「! 本当にですか?」 「はい。奢りますよ。何が食べたいですか?」 「えぇっ! 本当に、ですか?」  そこで、越前くんの表情がパッと明るくなった。  そ、そんなに確認されてしまうほど、僕ってお昼ご飯に誘うなんてことはしないくらいの「ケチケチ人間」に見えるのでしょうか。もしくは嘘をついてそうです? 「やった」 「安心してください。ちゃんと奢りますので」  だから、思わず、念を押してしまった。僕は「ケチケチ人間」じゃないですよって。 「ぁ、いや、そっちじゃなくてですね。なんというか、蒲田さんと食事というのが……」 「あ!」 「は、はいっ!」  僕が大きな声を出したせいで、越前くんが慌てて元気に返事をしている。そうじゃなくて、そっか、そうですね。僕、最近、成徳さんといつでも一緒で、アルコイリスに行けば、人懐こい汰由くんがまるで兄かのように僕を慕ってくださるし、最初の態度から考えれば嫌われて当然なのに、懐の大きな聡衣さんは僕などでも食事会に呼んでくれて。  友だちが多いような気がしてしまってました。  本来の僕はそんなに友好的な人間でもないし、親しくなりたいと思ってもらえるほどできた人間でもなくて。  だから、越前くんも僕などとは一緒にご飯を食べたくないかもしれなかったです。 「あ、すみません。僕、あまりお話しするの上手じゃないので、一緒にランチと言っても楽しくないですよね。お持ち帰りにしますか? 駅弁とか」 「いえ! そんなもったいないっ、俺、あ、僕っ、蒲田さんと食事したいです!」 「そうですか? 僕も、そうしてもらえたら嬉しいです」 「!」  人付き合いは下手だったけれど、最近、少し、人と話すのが楽しいし。人とテーブルを囲んで和気藹々としながらの食事がちょっと好きで。 「俺、じゃなくて、僕もっ、もちろん! 嬉しいです!」  そう言ってもらえて、僕の方が嬉しいです。と、小さく笑った。 「えっと」 「遠慮せずに言ってくださいね。食べたいもの。まだ新卒で、初お給料までありますし」 「えぇっと」  本当によくやってくれているんだ。  一生懸命だし。覚えも早くて、元気がよくて。男性の加入はSPがついているわけではない先生にとってもすごく心強い味方になっていると思う。僕はその点で言ったらとても非力で役に立てそうもない。 「それに、僕は越前くんが入ってきてくれてとても嬉しいんです」 「本当ですかっ?」 「はい。何せ、柔道で全国に行った人ですから。先生のボディーガードっていう大役も兼任できそうな気がしてます」 「ぁ、そっち……か……」 「?」  そっち、とは? と、首を傾げると、越前くんが慌てて両手をブンブンと振った。 「あ、いえっ、その、蒲田さんが嬉しがってくれてるのかと」 「はい。とても嬉しいです」 「ぁ……いや、まぁ、はい」 「?」  またもや首を傾げてしまう。 「とりあえずはバス停まで行きましょうか」 「はい」  こんなに暑くて、夏みたいな日差しの下で立ち話もなんですから、と、僕らは大学前のバス停へと歩き始めた。 「僕と一緒にいて、楽しいですか?」 「は?」 「あ、いえっ、あのっ、僕、そもそも友だちは多くないし、多くなくても気にならない人間なので、その、人付き合い苦手で」 「……」 「だからお話しも楽しいものはできなくて」 「……で?」  成徳さんがじっと見つめてる。 「あ、いえ、今日、越前くんをランチに行きましょうと誘ったのですが」 「へぇ……」 「最初かなり驚かれてしまって、僕などが誘うと思わなかったんだろうなぁと。目上の人間の食事の誘いは断れないだろうし。柔道やってらしたので年功序列、厳しそうだし」 「……へぇ」 「何度も苦笑いだったし」 「……」  食事中もちょっと困ってそうだった。きっと退屈だったのだろう。 「……」  恋愛だってこの歳になるまでしてなかったくらいなのだから、仕方ない。 「……俺は、楽しいよ」 「!」 「佳祐といるの」 「ほ、本当ですかっ?」  思わず前のめりになってしまった。 「あぁ、だから」  あ。 「こっちに集中」  今の成徳さん、すごくかっこよかった。  僕に覆い被さるように上になって、その拍子に目元にかかった、サラサラな素髪をかき上げるしぐさ。 「あっ……ン、ん、はい……こっち、に集中します」  ドキドキしちゃう色っぽい成徳さんを今、手元にカメラのない僕はしっかり見て、記憶したくて、自身の目をシャッターのように何度もパシャパシャと瞬きさせた。

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