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ヤキモチエッセンス編 7 はい。ここまでな。と、河野は、言った。

「うわっ、このチョコケーキ、すごい美味いです!」 「それはよかったです。ガトーショコラ、ですね」 「はい!」  女性陣も笑顔で中からとろりと溢れたチョコソースに笑顔になりながら、美味しそうに食べてくれた。よかった。喜んでいただけていて。  成徳さんの同僚の方が紹介してくださった和食料理店。個室もただの個室ではなく、窓から景色も眺めることができるからか、ゆったりとした気持ちで食事を楽しむことができるし、一品一品が繊細に盛り付けられていて、女性にとても喜ばれている。先生も気に入ってくれたようで、どのお皿も笑顔でペロリと召し上がってくれた。 「はぁ、さっきのステーキもすごかったなぁ。あんなに美味しいステーキ、初めてですっ」  もちろん、越前くんも気に入ってくれている。メインディッシュにほっぺたが落ちそうですって、頬を上気させながら、目を輝かせてくれていた。  会話もすごく弾んで、越前くんも女性陣によく馴染めていた。新人教育係が僕だった分、少し、女性陣と距離ができてしまっていたけれど、これで来週からはもっと打ち解けて一緒に仕事ができそう。 「良い店だね」 「はい。紹介してくださった方に今度お礼をしないといけないです」 「私からも、感謝を伝えておいてくれるかな」 「もちろんです」  きっと、その同僚の方って、あの人だと思う。  ちょっと成徳さんに似ている、でもすごくすごく美人で、背も高くて、ハイヒールが世界で一番似合う気がする女性。  今度、アルコイリスでギフトを選んでおこう。 「さて、そろそろ、お暇しようか」 「はい」 「蒲田くん」 「はい」 「とても素敵なお店と、素敵な時間を用意してくれてありがとう」  先生がお辞儀をしてくださった。僕も慌てて、お辞儀を深く深くして、越前くんも大きな声で挨拶をしてからお辞儀をしてくれた。  そこから会計を済ませて、全員で、外へと出ると、レストランの庭先にイルミネーションがキラキラと輝いている。 「それでは、私はここで失礼するよ」  あらかじめ用意しておいたタクシーで先生を見送る。  女性陣はこれから二次会に行くらしく、次のお店をスマホで探していた。 「蒲田さんはどうします?」 「あ、すみません。僕は帰ります。お疲れ様です」 「はーい。お疲れ様です。越前くんは? 来る?」  そう誘ってくれたのは、女性陣の中でも歳が一番近い人だった。年齢が近い分、これから一緒に成長していってくれるんじゃないかな。 「あ、いえ……俺は、じゃなくて、僕は、ちょっと」 「そう?」 「はい、すみません」 「それじゃあ、また来週」  彼女がにっこりと笑って、先輩方の中へと駆けて行った。その彼女の後ろ姿に、越前くんが笑顔で手を振っている。 「二次会、行かなくてよかったんですか?」 「あー……」  さっきまで楽しそうにしていた女性陣の明るい笑い声がたくさん溢れていて、賑やかだったけれど、今、二人になって、やけに静かに感じる。繁華街から少し離れたところだからか、駅から少し距離があるから、タクシーを捕まえないといけないけれど。でも、食事を楽しんだ後、外も騒がしくなくて、ゆったりとした気持ちのままでいられた。 「大丈夫ですよ? 女性の中に男性一人でも、あまり気にしない気さくな方ばかりなので」  僕もよく女性陣の中にポツンと、男性一人で混ざったりしている、特にランチの時とか。彼女たちも気にせず楽しく食事をしてくれるから、僕もいつも気にしないで会話に混ざっているけれど。 「いや……はい」 「?」 「そうじゃなくて」 「?」 「蒲田さんが行かないなら俺も、行かないってだけです」 「え?」  越前くんが、まるで整列でもするように、背筋を伸ばして、指先までまっすぐにした手を身体の両脇に置いた。 「あ、あのっ」 「?」 「もう帰りますか? 蒲田さんは」 「あ、えと、すみません。はい。僕は帰らないといけなくて」 「あのっ、俺、えと」  真っ赤だ。お酒は飲んでいたけれど、でもそんなにたくさんは飲んでいなかったように思う。ゆっくりとした食事会だったし。けれど、もしかしたら緊張したりしていたのかもしれない。 「越前くん、大丈夫ですか?」  少しお水でも飲んだ方がよさそうだった。  帰り、送った方がいいかな。まだタクシーは自分の分は呼んでいなかったけれど、越前くんに一台寄越した方がいいかもしれない。 「お酒、飲み過ぎましたか?」 「いえ! そうじゃなくてっ、その、この後、二次会とか、どうかなって」 「?」  それなら、先ほどの女性陣の二次会に混ざって大丈夫だったと思うのですが。 「あのっ」  性別ごとに分かれて二次会を行う、なんてことしなくて大丈夫ですよ? そう言おうとしたところだった。  越前くんはやっぱり少し酔っ払っているのだと思いますよ。だって、ふらりとよろこめきながらこちらに、手を伸ばした。 「はい。ここまでな」 「「!」」  けれど、その手は届かなかった。 「え? 成徳さん?」  成徳さんの手が僕のことを掴んで、引き寄せてくれたから。  その手は僕には届かなかった。

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