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第3話
マンションに帰宅した如月は、おやと思った。無人のはずの自分の部屋に、灯りが点っているのだ。最上階の角部屋なので、見間違えるはずは無い。
(ということは、結論は一つ)
最近如月は、真島に合鍵を渡したのである。といっても、彼がそれを使って勝手に部屋へ入ったことは無いし、今日来るとも聞いていない。だから、まさかと思ったのだが。
(これを見られると、まずいですね)
如月は、駐車場へと向かった。大量のチョコが詰め込まれた紙袋を、取りあえず車に押し込む。この寒さなら、溶ける心配は無いだろう。
何食わぬ顔で部屋へ向かうと、案の定真島が迎えに出て来た。
「すみません、連絡もしなくて」
真島は、照れくさそうに言った。
「いいよ。そのための合鍵なんだし」
「今日はバレンタイン、明日は修一さんの誕生日でしょ? どっちも一緒に過ごさないなんて、やっぱり寂しいかなって」
真島とは、今週末に会う約束しかしていなかったのだ。その原因は、如月が自分自身の誕生日を、すっかり忘れていたことにある。
「ああ……。ごめんね。誕生日、完璧に忘れてた。イベントには、関心が無くてね」
つい言い訳がましく言ってしまったが、真島はさほど怒っている風でも無かった。
「だろうなって思ってました。他の人の誕生日は、絶対忘れないくせに、変わってますよね」
クスクス、と笑いながら、真島は手を差し出した。気を遣わなくていいのにと思いつつ、コートと背広の上着を脱いで渡す。
「本当は、二日ともここへ来たかったんですけど。寮の連中が、うるさくて。修一さんの誕生日よりも、今日の方が誤魔化しが利くなって考えて、急遽来たってわけです」
真島は、社の独身寮に住んでいるのだ。外泊すると、あれこれ詮索されるという。二人の関係は秘密にしている以上、如月の誕生日の外泊は避けた方が無難かと、彼は判断したらしかった。
「思いがけず会えて、嬉しいよ。でも、取りあえずは風呂に入って来る。チョコ臭から、解放されたくてね」
如月は、苦笑いしながらネクタイを緩めた。
「ほら、今日は、社長宛てのチョコの仕分けに追われていたから」
「匂いが移るくらいもらうって、すごいですよね」
真島は、単純に感心している。
「いいなあ、蓮見社長。俺なんて、全然もらえなかったですから」
残念そうな響きに、如月は微かにこめかみが引き攣るのを感じた。
「欲しかったの? チョコ」
「そりゃあ。取引先の女性からは、お義理でもらいましたけど。社の女の子たちからは、全然ですよ。まー、俺ってゲイ認定されてますし?」
かつて、蓮見と三枝の仲が噂になりかけた際、真島は『蓮見を好きなのは自分』と公言して、三枝を庇ったことがあるのだ。以来彼は、完全にゲイだと思われている。
「肝心の三枝は、どっさりもらってますし! 畜生。女の子たちも、何考えてんのかなあ。あいつは、男と付き合ってるつーに!」
(君も、男と付き合っているでしょうが)
そんなに、女性からチョコが欲しかったのか。如月は、イライラが募るのを感じていた。車にチョコ山を隠した自分の気遣いは、一体何だったのか。
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