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第5話
如月は料理を手伝うと言ったが、真島は断り、彼にはシャワーを使ってもらった。料理は苦手だという治美は、興味津々といった様子で、真島の手元をのぞき込んでいる。
「手際いい~。真島君て、若いのに料理得意なんだねえ」
「実家住まいのころは、全然でしたよ。転勤で地方へ行ってから、一人暮らしをするようになって、そっから練習しました」
最近は、和食のレパートリーを増やすことにいそしんでいる。もちろん、如月が和食党だからだ。
「それに、若いってほどでも。今年二十九ですし」
それを聞くと、治美はおやという顔をした。
「じゃあ私と同い年じゃん」
「そうなんですか? お若く見えますね」
真島は、思わず手を止めた。営業の仕事では、女性向けに散々言ってきた台詞だが、今のは本心だ。てっきり、もっと年下かと思っていた。
「中身が幼いから、若く見えるんだよ」
そこへ、背後から声がした。いつの間にか、如月がシャワーから戻って来ていたのだ。
「治美のやつ、また何か余計なことを言っていなかった?」
如月は、案じるように真島の顔をのぞき込んできた。急いで済ませてきたのか、額に垂れた髪はまだ少し濡れている。眼鏡はまだ外したままだ。そのせいで瞳がいつもより近くに感じられて、真島は何だかドキリとした。
「な……、何も。料理を褒めてもらいました」
「そう……?」
安堵の表情を浮かべると、如月は治美をチラと見た。
「お前も、少しは蒼君を見習ったらどうだ?」
そういえば結婚祝いのお返しとか言っていたな、と真島は思い出した。聞いてみると、治美は最近結婚したのだとあっさり答えた。
「それは、おめでとうございます」
「ありがとうございます……。といっても、家事は苦手で。今、母から猛特訓を受けているんですよね」
治美が頭を掻く。如月は、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「治美は昔から不器用だからなあ……。今度、手順書を送ろう。ついでに、簡単にできるレシピも」
「本当? 助かる」
治美は、パッと顔を輝かせた。念を押すように、如月が言う。
「勝手にアレンジしようなんて、考えるなよ。初心者は、まず基本をマスターすることだ」
「了解!」
仕上がった料理を盛り付けながら、真島は兄妹の会話を聞いていた。
(何だかんだで、面倒見いいよな。修一さんて……)
ふと、治美と目が合った。照れくさそうに、彼女が言う。
「初対面なのに、いろいろお恥ずかしいところを見せちゃってすみません。私って、昔から不器用な上におっちょこちょいで。兄には、助けられっぱなしだったんです。ほら、世話好きでしょ、うちの兄って。秘書って、ぴったりだと思いません?」
「確かに……」
真島は賛同しかけたが、如月はそれをきっぱり遮った。
「原因と結果が逆だ。お前の面倒を見ているうちに、必然的にこういう性格になった」
クールに言い捨てると、如月は盆を取り出してきた。
「そろそろできたかな? 運ぼう」
「あ、すみません」
如月は、盆に器を手際良く並べると、ダイニングへ運んで行った。ちょこまかと、治美も続く。真島も手早くキッチンを片付けると、二人の後に続いたのだった。
食事をしながら、真島と治美は改めて自己紹介をした。如月と治美は、二人兄妹だという。両親が仕事で多忙だったため、治美の面倒はもっぱら如月が見ていたのだとか。
(確かに、この妹さんの世話をしていたから、修一さんの今のこの性格があるのかも……)
真島は、密かに思った。そんな真島の胸の内など気付かない様子の治美は、無邪気に尋ねてくる。
「二人って、どうして知り合ったんですか? 秘書と営業って、あまり接点無さそうですけど」
「同じ社内ですから、何かと機会はありますよ」
真島は、無難に答えた。如月が、軽く目配せしてくる。彼のボスである蓮見と、真島の同僚である三枝との仲は悟られないように、という合図だろう。心得た、と真島は目で応えた。
「そっか。まあそうですよね」
幸いにも治美は、物事を深く考える性質ではないらしく、あっさり引き下がった。だが彼女は、何とこう続けた。
「それにしても。お兄ちゃんて、面倒はごめんだ~とか言う割には、毎回身近な人と付き合うよね。チエさんの頃から……」
「チエさん?」
真島は、思わず聞き返していた。治美が、けろりと答える。
「ああ、兄はバイなんで」
(何てことだ……)
真島は、愕然とした。如月の恋愛対象は、男性ではなかったのか。まずいぞ、と脳が危険信号を送る。浅野という如月の元彼の存在を知った時は、激しく嫉妬する一方で、微かな安堵も覚えたというのに。
(一気に、ライバルが倍じゃねーか!)
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