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第6話
「お前は……」
一方如月は、すさまじい目つきで妹をにらみつけている。
「さっき、説教したばかりだろうが!」
「ごめん! つい……」
「お前の口と脳が直結しているのは、よーく知っているが、少しは考えて物を言え!」
「あの、俺気にしてないですから」
本格的な兄妹喧嘩が始まりそうな気配に、真島は慌てて口を挟んだ。
「お互いいい大人ですし、過去のことなんか気にしません。というか、俺の方こそ昔はいろいろありました」
本音だった。学生時代は派手に遊んだものだし、就職してからだって、二股騒動を起こしたではないか。おまけに、会社にまで迷惑をかけて。とてもではないが、恋人の過去の恋愛にこだわる資格は無い。
(とはいえ。女性もいけるとか、聞いてないぞ……)
真島は、思い切って尋ねた。
「いつ頃の話なんですか? その、チエさんと付き合ってたのって」
あえて、軽い口調で振ってみる。
「……あ、気にしないって言ったそばから、何なんですけど」
「構わないよ?」
如月は、穏やかな表情を浮かべていた。
「聞きたいことがあれば、何なりと質問して。君に聞かれて恥じるような恋愛は、してきていない。彼女と付き合っていたのは、高校の時だよ」
如月は、淡々と続けた。
「同じ生徒会の役員をしていて、親しくなった。卒業を機に別れたけれど」
「へえ。もしかして修一さん、会長とかですか」
本当に聞きたいのは、そんなことではないのだが。チエとは、どんなタイプの女性だったのか。だが、それを聞くのはプライドが邪魔をした。
「会計だよ。計算が得意だからと、任されてね」
「あ~、大学も、経済学部って言ってましたよね」
頷けば、如月は軽く苦笑した。
「やっぱり当時から、補佐役の方が向いていたのかな」
「そんなこと無いでしょ。修一さんなら、会長だってこなせてたと思いますよ……」
上の空で相づちを打っていた、その時だった。不意に、治美のハッキリした声が響いた。
「真島さん! 心配しなくても、大丈夫です。身内が言うのも何ですけど、兄はとっても誠実な人間なんです。浮気なんか絶対しないし、誰かと付き合っている期間は、その人一筋!」
治美は、やけに真剣な表情だ。如月は、怪訝そうな顔をした。
「治美。急に、何を言い出すんだ?」
すると治美は、はーっとため息をついた。
「お兄ちゃんてさ、すごく人の心を読むのが上手い割には、時々肝心なことを見落とすよね」
「何だって?」
如月が気色ばむ。だが治美は、それに怯むでもなかった。
「さっきから真島さんが不安そうなのに、気付いてないでしょ。真島さん、きっとうちのお兄ちゃんはゲイだと思ってたんだよね? それが女性もアリってわかったら、心配になって当然だよ。特にお兄ちゃんて、女性からの好意に無頓着なとこあるし」
如月が珍しく、虚を突かれたような顔をする。そして、やおら真島を見た。
「本当に? そこを、気にして……?」
「そりゃそうでしょ」
真島は、蚊の鳴くような声で答えた。
「俺だって、昔は女の子と付き合ってたし。非難する資格なんて無い。けど、不安にもなりますよ。急に、ライバルが倍じゃないですか!」
一気に言い切れば、なぜか如月は頬を緩めた。おかしくてたまらない、といった様子で真島を見つめている。
「……何ですか」
「いや。ずいぶん可愛い心配をするんだなって」
「可愛いって……」
一瞬ムッとしかけた真島だったが、抗議の言葉は引っ込めた。治美もまた、よく似た微笑みを浮かべていることに気付いたからだ。これまでは全く似ていない兄妹だと思っていたが、その穏やかな笑顔はそっくりだった。
「こうは思えない? 確かに君の言う通り、僕の恋愛対象範囲は、普通の人の倍かもしれない。その中で選んだのが、君なんだ。ちょっとやそっとじゃ手放さないから、覚悟するといいよ?」
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