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目には目を! 第1話

<Side如月&蓮見> 「翔馬が、またふらふらと、女性の誘いに乗るところだったんだ」  バーのカウンターに並んで腰かけながら、蓮見悠人がため息をつく。如月修一は、またかと思った。彼の秘書になって約三年、この類の愚痴を聞かされるのは、実に百回目くらいなのだ。真島が本社へ戻って来る前まで、二人の仲を知るのは如月だけだった。そのため必然的に、のろけと愚痴の聞き役となったわけである。 「三枝君は、優しい性格なだけです。社長一筋なのは確かですから、心配なさらなくてもよろしいかと」  自分のこの返しも、百回目くらいだ。すると蓮見は、如月をじろりと見た。 「君、いい加減聞き飽きたと思ってるだろう」  だったら言うな、という台詞は封印して、如月はかぶりを振った。 「私は、あなたの秘書ですから。プライベートも充実していただきたいと思っています」 「そう? たまには、君の猫を相談相手にしてもいいんだよ?」  如月は、微かにこめかみが引き攣るのを感じた。猫、というのは、蓮見と如月の間での、真島を指す隠語なのだ。気まぐれで、プライドが高いところから来ている。 「そんな風に脅されなくても、ご相談には乗りますよ」 「ふん……。じゃあ、包み隠さず話すけれどね」  ブランデーのグラスをゆらゆら揺らしながら、蓮見は語り始めた。 「もちろん翔馬のそんな真似を、僕が見過ごすはずは無い。例によって、徹底的に仕置きしたわけだ」  如月は、黙って頷いた。仕置きの内容は、おおむね想像できる。絶対にしたくないけれど。  「しかしねえ。最近の翔馬は、仕置きに慣れてきたんじゃないかと、そんな気がするわけだ。Mっ気でも出て来たのではないかと」  蓮見と交際している時点で、三枝には十分M気質が備わっていると思う。だが、これまた封印すべき台詞だ。 (支配される喜びでも、感じているんじゃないですかね。DomSubユニバース……でしたっけ。まあ、ファンタジーの世界ですが)  この会社の秘書室は、なぜか腐女子率が高いのである。おかげで無駄にBLの知識が増えた如月であった。 「まあ、仕置き自体は、僕も楽しんだからいいのだけど……」  蓮見が、反芻するように微笑む。一般の四十四歳の男性がやれば、単なるスケベ親父にしか見えないだろうが、蓮見だと妖艶に見えるから不思議だ。 「問題は、その効果だ。慣れてしまったようでは、仕置きの意味が無い。そこで、一体どうするべきかと」  蓮見が力説する。こと仕事においては、冷静沈着かつ切れ者であるのに、なぜ三枝のこととなると思考がぶっ飛ぶのだろう。如月は、いつもそれを疑問に思っている。 「というわけで、如月君に相談だ。君は、精神的な仕置きが得意だろう?」 「何だか、私が大変性格の悪い人間のような仰りようですね」  思わず軽くにらんだが、蓮見は大真面目だった。 「いやいや。僕は、単にやり方を変えてみようと思っているだけだ。どうだ、良い知恵は無いかい?」 「それは、社長のお悩みでしたら、いくらでもご助言はさせていただきますが……」  如月は、そこでふと思いついた。 「良い方法なら、ございます。ところで、仕置きの対象に、うちの猫を加えていただいても?」

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