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第4話

 その週末、真島はまたもや如月の部屋に来ていた。といっても、如月はこれから出かけてしまう。何やら、蓮見に随行する用事があるのだとか。 『その前に、少しでも蒼君の顔を見たいな』  珍しく甘えた調子で如月に言われれば、飛んで来ずにはおれない。そんなわけで、やって来たわけだが……。 「すごいですね、そのスーツ」  身支度を終えた如月を見て、真島は目を見張った。今日の彼がまとっているのは、オーダースーツだったのだ。どちらかといえば色白の如月によく似合うグレーの生地は、見るからに手触りが良さそうだ。上質すぎて、うかつに触るのが怖いくらいである。 「会場が、一流ホテルだからね。これくらいの服装でないと」 「日本酒のイベント、でしたっけ?」  真島は、テーブル上に置かれたパンフレットを眺めた。全国から蔵元が集い、日本酒はもちろん、それに合う料理も楽しめると書いてある。 「そう、社長のお誘い。社長はワイン党だから、日本酒にはあまりお詳しくないんだよ。とはいえ、仕事の付き合いもあるからね。僕が割と詳しいから、一緒に来て教えて欲しいと仰って」  へえ、と真島は頷いた。でもね、と如月がクスリと笑う。 「半分、口実じゃないかな。僕を慰労しようという思いも大きいみたいで。今日は、社長と秘書という立場は意識せずに、プライベートな友人だと思ってくれと言われた」 「蓮見さん、お優しいですね」  真島は感心した。如月がにこりとする。 「蒼君も連れて行ってあげたいけど、完全予約制だからね。二名分しかチケットが取れなくて、残念だった」 「いえいえ! 俺は、日本酒得意じゃないですから。……それより」  真島は、如月の姿を惚れ惚れと眺めた。 「めちゃくちゃ似合ってます、そのスーツ! 普段から、そういうの着ればいいのに」  すると如月は苦笑した。 「秘書がそんなに目立ってどうするの。控えめにしておくに、越したことは無いよ」 「え~、そんな。てか、普段のスーツでも、修一さんは十分目立ってますよ。格好良いですもん!」  真島は力説したが、如月は軽く流した。 「はは。さすが営業マン。お世辞が上手いね」 「お世辞じゃありませんて」  本当なのだ。蓮見と如月が連れ立って歩いていると、女子社員たちは『眼福』と騒いでいる。 「さて、そろそろ出かけるかな」  如月が、時計を見る。真島は、慌てた。 「修一さん、眼鏡忘れてます!」  テーブル上に置かれた眼鏡を差し出せば、如月は意外にもかぶりを振った。 「今日は、コンタクトだから」 「コンタクト!?」  真島は、目を剥いた。付き合って一年以上になるが、如月がコンタクトを使用する場面は、初めて見た。 「社長に勧められてね。確かに、この良いスーツにいつもの安物の眼鏡を合わせるのも、変だし」 「……はあ」  如月の言うことはもっともだし、第一蓮見の名前を出されれば、それ以上何も言えない。だが真島は、内心がっかりしていた。 (あ~。今日は、修一さんの素顔を、いろんな人が見るのか……)  もちろんいつもの眼鏡スタイルも大好きだが、真島が一番好きなのは、如月の素顔だ。自分しか知らない、という優越感によるものである。それを大勢の他人に見られてしまうのかと思うと、残念でならない。 「それじゃあ、行って来るね」  蓮見と待ち合わせているからだろう、如月は、やや小走りに玄関へと向かった。そんな彼を見送りながら、真島はおやと思った。 (指輪、着けてくれてない……?)  以前贈ってもらったペアリングは、二人とも会社では着けられない。その代わり、休みの日には、必ずと言っていいほど着けているのに。 (プライベートな場、なんだよな? そもそも蓮見さんは、俺たちのことご存じだし……)  それなのに、どうして着けてくれないのか。だが質問する暇も無く、如月は出て行ってしまったのだった。

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