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第5話

(う~。やっぱり指輪、着けて行ってくれないかな……)  一人残された部屋で、真島は悶々としていた。何となくスマホを手にし、『日本酒 イベント』で検索する。適当に開いた酒造会社のホームページに、真島の目は釘付けになった。 『日本酒イベント開催! 女性も大勢参加してくれました。最近は、日本酒に興味を持つ若い女性も増え、嬉しい限り……』  真島は、すっくと立ち上がっていた。 (ウザいと思われてもいい。追いかけて、指輪を着けてもらおう!)  控えめにしていても、端正な顔立ちの如月だ。今日のようにお洒落したら、女性が群がって来るのは目に見えている。女避けのためにも、これはがっちりはめてもらわねば。  真島は寝室へ駆け込むと、ベッド脇のチェストを開けた。そこにしまわれている小箱をひっつかみ、ダッシュで部屋を出る。慌ただしく施錠して、真島は如月の部屋を後にした。エレベーターに駆け込み、早く降りろ、と念じる。 (駐車場で、つかまえられたら……)  だがそこで、真島はハッと気付いた。今日は、酒のイベントだ。なら、車で行くわけが無いではないか。 (しまった……)  案の定、一階へ降りると、タクシーが去って行くのが見えた。如月が乗っている。 (くそっ。間に合わなかった……)  がっくりと肩を落としていると、スマホが鳴った。如月かと慌てて応答したが、聞こえて来たのは三枝の声だった。 『今日、悠人さんと如月さんが日本酒イベントへ行くって知ってる?』  三枝の声は、やけに暗かった。 『真島、何か聞いてない? どういうイベントか、とか』 「さあ……。修一さんを慰労する目的で、ってくらいしか」  真島は、ポケットに突っ込んだパンフレットを、ガサガサと取り出した。如月が置いて行ったものである。 『だよねえ……。いや、何だか悠人さん、やけにウキウキしててさ。悠人さんてワイン党だから、日本酒はどっちかと言うと苦手なんだよ。で、目的は如月さんの慰労でしょ。どこに浮かれる要素があるのかなって』  確かに、と真島は首をひねった。蓮見と如月の関係は、完全にビジネスライクだ。そういう意味で惹かれ合うことは、あり得ない。 『翔馬も連れて行ってあげたかったけど、チケットが取れなくて、なんて言われたけど。とってつけたようにしか聞こえなくてさ』  如月にも同じことを言われたな、と真島は思い出した。 「お前、蓮見さんのこと疑ってるわけ?」  そういう真島も、だんだん不安になってきた。そもそも、あれほど常に用意周到な如月が、指輪を忘れるだろうか。 (もし、意図的だったとしたら……?) 『何か隠されてる気はするんだよね。そりゃ、悠人さんは社長なんだから、俺に言えない企業秘密だってあると思う。でも今日のこれは、完全プライベートとか言ってたし。だったら、秘密にするのはおかしいじゃん?』 「よし、わかった」  真島は、大きく頷いていた。 「会場、潜入しようぜ。あの二人が何を隠しているのか、探るんだ」 『えっ、それまずくない?』  三枝は、一転うろたえた声になった。自分から言い出したくせに、と真島は舌打ちした。 「お前、不安じゃないのかよ? 何かさ、調べたら、日本酒イベントって結構女が来るんだって。いい感じになったら、どうすんだよ」 『あ、それなら逆に安心かも。悠人さん、ゲイだし』  脳天気な言い草に、真島はムカッときた。こちらは、気が気ではないというのに……。 (一人だけ安心してんじゃねーぞ!)  真島は、咳払いした。 「ゲイの男も、参加してるかもよ?」  脅すように言えば、三枝は『行く』と即答したのだった。

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