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第6話

約一時間後。真島と三枝の二人は、某ホテルのロビーにいた。ここで、日本酒イベントが開催されるのである。 「ねえ。やっぱり、止めた方がいいんじゃないかな」  この期に及んで、三枝はそんなことを言い出した。 「うろついてたら、不審に思われない?」 「平気だろ。いろんな人、来てんじゃん」  ロビーには、商談中と思しきビジネスマンたちの姿もある。ホテル内のレストランでは、食事を楽しむ家族連れも大勢いた。 「でも……。そもそも参加者じゃないから、会場には入れてもらえないんじゃない?」  及び腰な三枝の腕を、真島はぐいとつかんだ。 「取りあえず、行くだけ行ってみるんだよ。飛び込み営業の、あの精神!」  三枝を引っ張って、真島はイベント会場へと突き進んだ。ホテル内にある、中規模の宴会場だ。 部屋の前まで来ると、扉は閉まっていたが、周辺に人気は無かった。全員入場したのだろう、受付も無人だ。 「様子、見ようぜ」  三枝に小声で囁くと、真島はそうっと扉に手をかけた。特に鍵はかかっておらず、すんなりと開く。わずかに開けた隙間から顔をのぞかせると、真島は会場内をきょろきょろと見回した。何だかんだ言いつつも、三枝も加わる。 (修一さんはっと……、あ)  百名が定員という大規模なイベントであるが、如月の姿は、意外にもすぐに見つかった。蓮見はそばにおらず、一人だ。並べられた数々の日本酒の中から、気に入ったと思われる一種類をチョイスしている。 「二人、別行動なのかな」  三枝も、同じ疑問を抱いたようだった。 「それにしても、如月さんの眼鏡外した姿って、初めて見た。何か、新鮮だなあ」  無駄に三枝にまで披露してしまった、と真島は舌打ちしたくなった。 「お前は、蓮見さん捜しとけよ……」  言いかけて、真島はハッとした。二十代後半と思われる女性二人組が、如月に近付いて来たのだ。明らかに興味津々といった様子で、話しかけている。 (クソッ。何だよ、あの女たち……!)  二人とも洒落たワンピースを着て、ばっちりメイクしている。一人は髪が自慢らしく、しきりにロングヘアをかき上げていた。 (コビコビじゃねえかよ。化粧も濃いし。ああいう女って、香水も着けてそうだな。こういう場で、匂いプンプンさせんじゃねえよ!)  かつては自分も、こういうタイプの女性と付き合っていたことは、棚のそのまた上の棚に上げる真島であった。ちなみに香水は、完全な推測による悪口である。  如月は、二人に愛想良く接している。するとロングヘアの方が、いそいそと小皿を取って来た。料理を取り分け、如月に差し出す。 (取り分けアピールしてんじゃねええ! てか、髪の先っぽが皿に入ってるぞ。無神経女め!)  今すぐにでも会場に乱入して、女二人を絞め殺したい。そんな真島を取り押さえたのは、三枝だった。 「落ち着きなって。ただ話してるだけじゃん。如月さんに、恥を掻かせるなよ」  その一言に、真島は若干冷静さを取り戻した。殺気を込めた目でにらみつけていると、それが通じたのか、二人組は如月から離れて行った。 (ふう……)  だが、安堵したのは束の間だった。別の女性が、如月に近付いて来たのだ。ショートヘアの、美しい女性だった。如月は、またもやにこやかに彼女に接していたが、その態度は先ほどよりも好意的に感じられた。 (まさか……)  だがその時、三枝があ、と声を上げた。 「悠人さん……」  三枝の視線の先には、男性と談笑している蓮見の姿があった。年齢は、二十代前半だろうか。可愛らしい雰囲気の男性だ。 「何か、めちゃくちゃ親しそうじゃない? 真島、どうかな。あの男の子、ゲイだと思う?」  三枝が、真島の腕をつつく。こっちもそれどころじゃない、と真島は苛立った。 「俺に聞かれても、知るかよ」 「ゲイはゲイを知るんじゃないの?」 「俺は、ゲイじゃないって!」  真島は、思わず声を荒らげていた。 「たまたま、好きになったのが二人連続で男だったってだけで……」  その時、背後で咳払いが聞こえた。 「お客様。失礼ですが、チケットはお持ちでしょうか?」  振り返った先には、スタッフの姿があった。真島と三枝は、あっという間につまみ出されたのであった。

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