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第8話
如月と女性は、タクシー乗り場に向かっている。そしてあろうことか、二人して乗り込むではないか。
(嘘だろ……!?)
何か事情があると思いたいが、この状況では、とてもそうは思えない。まさかとは思うが、好みのタイプの女性に、ふらっとなったのだろうか。
(いや、俺は最後まで修一さんを信じるぞ!)
真島は、自分もタクシー乗り場へと走った。次のタクシーに乗り込み、告げる。
「すみません! 前のタクシー、追ってくれます?」
「何、お客さん、探偵か何か?」
運転手は、目を輝かせた。
「違いますけど……」
「あ~、わかった。恋愛絡みでしょ。前の車に乗ってる女の子、彼女? 浮気を疑ってるんでしょう」
勘の良い奴だ、と真島は顔をしかめた。男女は逆だけれど。とはいえ、無駄話をしている間に見失ったらどうする。
「早く……」
車を出しやがれ、とわめきそうになるのを、真島はかろうじて堪えた。タクシー内での暴力事件が、最近ニュースで話題になったのを思い出したからだ。大事に発展して、勤務先がさらされるはめになったら、蓮見と彼を支える如月に、どれほど迷惑をかけることか。会社に損害を与える真似は、二度としたくなかった。
「了解。んじゃ、行きますよ」
幸いにも運転手は、それ以上詮索することなく、車を発進させた。不審に思われないよう、適度な間隔で前のタクシーを尾行してくれる。真島は、目をこらした。女性は相当酔っているらしく、完全に如月の肩にもたれかかっていた。
(馴れ馴れしく、へばりつくんじゃねえ!)
どこの誰とも知らない彼女を、真島は憎悪のこもった眼差しでにらみつけた。それにしても、どこへ向かうつもりか。進行方向は、如月のマンションとは違う。
(彼女を家まで送るつもりとか? で、それだけ、だよな?)
半ば無理やり、自分に言い聞かせる。蓮見に次いで、社内きっての紳士と言われる如月が、送り狼みたいな真似をするものか。まして、自分という恋人がいるのに……。
「あのお、お客さん?」
その時運転手が、不安そうな声を上げた。それもそのはずだ。前のタクシーが、左折したのだ。その先は……、確かラブホテル街だった。
「頼みますよう。刃傷沙汰とか、止してくださいね? 冷静に、話し合って……」
だがそんな運転手の言葉は、真島の耳にはもはや入らなかった。真島は、祈るような思いで、二人を乗せたタクシーを凝視していた。
やがて、車が止まる。そこは、とあるラブホテルの前だった。
「修一さん……」
思わず呟けば、運転手は目を剥いて、「そっち!?」と漏らしたのだった。
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