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第10話

「何だ……。もしかして、最初から……?」  そう、と如月は頷いた。 「指輪とパンフレットを置いて行ったら、君は()けて来るだろうと踏んでね。仮に三枝君が及び腰でも、蒼君が引っ張って来るだろうと。予想通りだった」  真島は、へなへなとその場にへたり込みそうになった。如月は駆け寄って来ると、そんな真島を抱き起こしてくれた。 「薬が効きすぎたかな。まさか泣かれるとは思わなかった」 「……泣いてませんよっ」  悔しさから、真島は如月の腕を振り払っていた。如月は肩をすくめると、山本という女性の方を向き直った。   「妙なことに付き合わせて、悪かったね。これ、帰りの車代」  如月が封筒を差し出すと、山本はぷるぷるとかぶりを振った。 「いえいえ! あんなご馳走と、美味しいお酒を奢っていただいただけで十分ですもん。彼も、あの有名な蓮見社長の話が聞けるって喜んでましたし」 「彼?」  真島は、ふと聞きとがめていた。如月が説明してくれる。 「社長と一緒にいた彼も、同じく僕の後輩で、仕掛け人なんだよ。社長は社長で、三枝君にお仕置きしたかったそうだから。ちなみに、山本さんとは婚約中。保険業界への転職を考えているそうだから、良い機会だったみたいでね。カフェでは、保険業界の未来について語り合っているはずだよ」 「転職、ですか。ずいぶん若そうでしたけど」 「そう見えるけど、実は二十九なんだよね」  そこで真島は、ハッと気が付いた。 「じゃあこのこと、三枝に知らせなくちゃ!」 「いいよ。あちらのカップルの問題は、あちらで解決するだろうから」  そう言うと如月は、山本に再度封筒を押し付けた。  「これは受け取ってもらわないと」 「すみません。じゃあ、遠慮無く」  恐縮しながらも受け取ると、山本はタクシーを拾いに通りへ出て行った。彼女を見送ると、如月はもう一つ封筒を取り出した。真島に差し出す。 「はい、君も。尾行料金」 「……慰謝料として、もらっておきます」  封筒をひったくれば、如月はやれやれといった様子でため息をついた。 「で、どうする? マンションへ帰る? それともこのままここに泊まる?」  如月が、ホテルを見上げる。泊まります、と真島は呟いていた。もう、移動する気力が残っていなかったのだ。

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