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第2話

<Side如月> 「今の取引相手の方、囲碁好きなんですよ」  その週末、部屋にやって来た真島は、そんなことを言い出した。一瞬ドキリとしたものの、如月は平静を装った。 「そう。お年を召した方なのかな?」  熱いココアを入れて、真島に出してやる。彼がこの部屋に来るようになってから、常備するようになったものだ。 「はい、割と。で、俺も勉強し始めたわけです。こいつ若いのに馬が合うじゃん、とか思ってもらえたら、仕事もスムースに進みそうじゃないですか?」  真島は如月に、スマホの画面を見せた。『囲碁学習アプリ』なるものが起動している。 (今は、こんなのがあるんですね)  如月は、しみじみと学生時代を振り返っていた。約十年前、如月は大学の囲碁部に所属していたのだ。元々伝統ある部ではあったが、如月のいた頃は、かなり良い成績を出せた。全国選手権では、準優勝まで飾ったものである。それは、飛び抜けて強い選手がいたからだった。 (――浅野)  当時の恋人である。如月自身も、個人でかなり良い結果を残せたが、彼には及ばなかった。 (何というか、彼には……、独特の勝負勘があったんですよねえ)  緻密な計算と先読み、加えて人の心を推し量る能力で、如月はたいていの相手には勝ってきた。だが浅野にだけは、あと一歩の所で、なぜか負けたものだ。今となっては、懐かしい思い出だけれど。 「けど、やっぱりアプリで学んだだけじゃ、難しいですよね。それで、本も買ったんですけど」  真島は鞄の中から、ごそごそと書籍を取り出してきた。 (これは……、かなり本格的に学ぶ意志があるようだけれど)  さてどうすべきか、と如月は眉をひそめた。教えてやりたいのはやまやまだが、そうなると必然的に、囲碁部の話をせざるを得ない。浅野とは、卒業後もしばらく付き合っていた。それを知っている真島は、彼にひどく嫉妬しているようなのである。だから、大学時代の部活の話は避けてきたのだが……。 「教えてくれます? 修一さん」  真島は、にっこり笑った。 「全国選手権、準優勝の腕前ですもんね?」  如月は、目を見張った。 「どうしてそれを?」 「社長から聞きました。この本買ってる時に、書店でバッタリお会いして」  真島は、何だか可笑しそうな笑みを浮かべている。 「今、迷ってたでしょ? 俺にその話をするかどうか。元彼絡みじゃないんですか」 「もしかして、気付いていてわざと試した?」  如月は、真島をじろりとにらんだ。

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