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第5話
森崎は、当惑したような表情を浮かべた。
「私はあなたの気持ちには応えられないし、かといって私が社長の秘書から外れるわけにはいかない。だったら、あなたが他の部署に移るしかないでしょう。そこで男女問わずいろいろな人と接していれば、そのうち私のことなんて忘れるはずですよ」
ぽろ、と森崎の瞳から涙がこぼれ落ちた。かわいそうだとは思うが、ここで甘い態度を取っても、中途半端な期待を持たせるだけだ。とはいえ、これ以上傷つけるのも忍びなかった。
「室長としては、非常に残念ですけれどね。さっきあなたは、秘書に向いてないと言っていたけれど、決してそんなことはありませんよ。内緒にしていましたが、次の人事異動では昇格させようと思っていたくらいです」
「……私じゃ、どうしてもダメなんですね」
森崎は、ぽつりと言った。如月は、黙って頷いた。
「気持ちは、嬉しいけれど。でもやっぱり、私には今の相手しか考えられないですから。傷つけて、申し訳ない」
立ち上がって深々と頭を下げれば、森崎はくるりと踵を返した。彼女は鞄を引っつかむと、そのまま部屋を出て行ったのだった。
約十五分後、ヴィーガンレストランの手配を無事終えた如月は、秘書室を出た。そこで如月は、目を見張った。廊下に、真島が立ち尽くしていたのだ。
「……もしかして、聞いていたの、今の話?」
役員フロアに人気が無いことを確認すると、如月は声を潜めて尋ねた。こくり、と真島が頷く。
「言っておくけれど、今回は芝居ではないからね」
「わかってますよ。修一さん、ちゃんと断ってたし。……それに森崎さん、出て行く時泣いてました」
真島は、ぎゅっと唇を引き結ぶと、如月を見つめた。そして、思いがけない言葉を吐いた。
「俺なんかより、森崎さんを選んだ方がいいんじゃないですか。二年も、想ってくれてたんでしょう?」
何を言い出すのか、と如月は目を見張った。すねているのかと思ったが、そういうわけでも無さそうだ。真島の瞳は、真剣な光をたたえていた。
「……本気で言っている?」
真島が頷く。如月は、カッと頭に血が上るのを感じた。
「……そう。もしかして君の方は、真剣な恋愛ではなかったのかな。同棲の誘いに応じなかったのも、それが原因?」
「それは……」
一瞬、真島の目が泳ぐ。ややあって彼は、小さく頷いた。
「だったら、どうして指輪を受け取った!」
柄にも無く、如月は声を張り上げていた。無人の役員フロアに、その声は思いのほか響いた。
「君が移り気な子だというのは、知っていた。そこが可愛いと思っていたんだけれど……、ここまでとは思わなかったな」
黙って立ち尽くす真島のそばを、足音荒く通り過ぎながら、如月は「さよなら」と告げたのだった。
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