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第10話

「修一さん!?」  何だかやたらと焦った声音と共に、荒い足音が近付いて来る。やがて、ダイニングのドアがバンと開いた。血相を変えた、真島が立っている。彼は、三枝とテーブル上の料理を見て、顔色を変えた。 「三枝! お前、何修一さんに言い寄ってんだよ!」  真島が、駆け寄って来る。如月は、とっさに立ち上がって制止しようとしたが、遅かった。真島は、三枝の胸ぐらをつかむと、その頬を張り飛ばしていた。 「何やってるんだ、君は!」  まだ殴りかかりそうな勢いの真島を、如月は背後から羽交い締めにした。無理やり引きずって、椅子に座らせる。 「三枝君は、僕と君とのことを心配して、来てくれただけだ。料理は、昔のお礼!」  きつくにらみつけると、真島は一瞬怯んだ。その隙に、如月は三枝の元へ駆け寄った。 「大丈夫ですか。早く、冷やした方が……」 「僕は平気です。それより、彼と話を」  三枝が、真島の方を見やる。確かに三枝の頬は、やや赤くなっていたものの、大したことは無さそうだ。ならば、と如月は真島の方を向き直った。 「僕の記憶が正しければ、君とはもう終わったはずだが。嫉妬される筋合いは無いね。ついでに言えば、僕を名前で呼ぶ資格も、もう君には無いはずだが?」  真島は、黙って視線をそらした。 「如月さん……」  三枝が気遣わしげに口を挟んだが、如月はそれを無視して続けた。 「君は、どれだけ自惚れが強いのかな? 君にふられて、僕が傷心で火遊びに走ったとでも? 仮にそうだとして、その相手に三枝君を選ぶほど、僕が自棄になっていると? 大事な恋人に手を出されて、あの社長が黙っているはずは無いだろう。命を惜しむだけの冷静さは、僕には残っているよ?」 「そんなこと思ってません!」  真島は、悲鳴のような声を上げた。 「俺はただ、純粋に悔しくて! ……今日は、合鍵を返しに来たんです。ポストに入れて帰るつもりだったんですけど、やっぱり最後に、修一さんの顔が見たくなって。それで部屋まで来たら、玄関に男物の靴があったから……。カッとなりました。この席は、修一さんの向かいは、俺のものだったはずなのに。何で、三枝がちゃっかり上がり込んでるんだよって。二人で、飯まで食って……」  真島は三枝の方を見ると、「ごめん」と小さく呟いた。 「その席を放棄したのは、君自身じゃないの?」  如月は、静かに言った。 「確かに、勝手に会社に指輪を着けて行ったのは、悪かった。でも、森崎さんを選んでと言ったのは、君だろう。同棲だって、頑なに拒否した」 「それは……」  真島は一瞬逡巡した後、思い切ったように話し始めた。 「俺の方は確かに、ゲイだって噂が広まってます。でも、修一さんは違うでしょ。同棲したのがバレて、修一さんが会社で嫌な思いをしたらって思うと、なかなかイエスと言えませんでした」  如月は、思わず目を見張っていた。 「そんなことを、気にしていたの? それくらい、覚悟の上で誘ったに決まっているじゃないか。でなければ、僕から言い出したりしないよ」 「でも」  真島の表情は、暗かった。 「友達の会社で、似たようなケースがあったんです。ゲイのカップルで、一方はゲイを公言してて、もう一方は内緒にしてるっていう。二人の仲は途中でバレたんですけど、内緒にしていた方は、社内で相当差別を受けたそうなんです。結局その人、ストレスで会社を辞めて、そのカップル自体も破局したって。もし修一さんが、そんな目に遭ったらって……」

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