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第11話

「蒼君……」  如月は、思わず呟いていた。真島が、顔を覆う。 「俺だって、本当は一緒に暮らしたかったですよ! 毎日一緒に過ごせたらって、ずっと思ってました。でも、その話を聞いて、急に怖くなったんです。それで誘われた時、イエスって言えませんでした。寮の年齢上限が来た時に出るのが自然かなあって」  明るい表情の裏で、そんな真剣なことを考えていたなんて。彼の思いに気付けなかった自分が、如月は腹立たしかった。 「修一さんが指輪を着けて来て、みんな、相手はどんな女だろって楽しそうに噂してました。それで余計、心は揺れ始めました。修一さんは女とも付き合えるんだし、別れた方がいいのかもって。迷いながら秘書室へ行ったら、森崎さんの告白が聞こえて来て。それで、心を決めました……」  もうたまらなかった。三枝が見ているのも構わず、如月は真島のそばに跪くと、その体を椅子ごと抱きしめていた。 「悪かった。そんな風に思いやってくれていたこと、全く気付けなくて。おまけに指輪の件で、かえって追い詰めてしまって……」  真島が、悲鳴のような声を上げる。 「俺だって、森崎さんを選べなんて、口にしたくなかったですよ! こんなに、愛してるのに……」  如月の肩に、熱い感触がした。見上げれば、真島は予想通り大粒の涙を流していた。如月は立ち上がると、それを指で拭ってやった。彼の目を見つめて、告げる。 「蒼君。君は、蓮見社長という人間を、舐めてないかい?」 「――は?」  唐突な蓮見の名前に、面食らったのだろう。真島は、きょとんとした顔をした。 「蓮見さんという方は、それは偉大な経営者だよ? そんな風に、社内でマイノリティ差別が起きることを、許すと思うかい?」  そばで三枝が、頬を緩めたのがわかった。 「今だから打ち明けるけれど、社長は今、LGBTの社員に配慮した制度整備を進めておられる。君が素直に同棲に応じていれば、結婚祝金と結婚休暇が、すぐにでももらえるはずだったんだけどね」  如月は、片目をつぶって見せた。

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