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第16話

 それに気付いたように、蓮見はこう付け加えた。 「この制度、役員は対象外なんだ」 「……」 「というのは、こじつけだけれどね。やはり僕の立場としては、社会的影響を考慮する必要がある」  それはそうだろう、と如月は思った。一社員である自分と違い、蓮見は、日本を代表する大手生命保険会社の社長なのだ。その彼がゲイであると告白するには、相当の覚悟が必要だろう。 「それに。僕は、翔馬を守りたい。親御さんと約束したということもあるが、翔馬は真島君よりも脆いだろう。好奇の目に耐えられるとは、思えない」  そう語る蓮見の眼差しは真摯で、如月は黙って頷いた。 「だから僕らは、関係を隠し通す……。如月君には苦労をかけるが、引き続き、この秘密は守って欲しい」 「もちろんですとも」  如月は、即答していた。それが自分の使命だ、密かにそう思いながら。  約一ヶ月後。蓮見の提唱した『LGBTフレンドリー施策』は無事スタートした。如月と真島は予定通り、自治体のパートナーシップ条例を利用して証明を得た後、その制度の利用を表明した。  大手企業による思い切った試みということで、各種メディアは、この話題をこぞって報じた。蓮見は取材をそつなくこなし、早速利用した社員カップルがいるとPRしたが、如月と真島の個人情報に関しては徹底して口を閉ざした。その完璧な気遣いに、如月は深く感謝したのだった。  とはいえ、社内ではもはや知れ渡っている事実だ。秘書室では、驚きと祝福、そして若干の落胆が入り乱れた。 「もう、蓮見社長と如月室長でBL妄想ができなくなっちゃったあ。残念!」  腐女子を公言する秘書の一人は、そんなことを言った。もう一人の腐女子秘書が、慰める。 「リアルBLが身近にあるんだから、いいじゃないですか」 「でもっ。私的には、このカップリングが推しだったから……。あ、そうだ。社長を含めて三角関係妄想ってのも、アリかも」  本人を前に、言いたい放題だ。ご勝手に、と如月は思った。蓮見と三枝の関係に想像が及ばなければ、如月としては何でもいいのである。 「あっ、すみません、室長」  今頃我に返ったのか、腐女子二人組がぺこりと頭を下げる。いいですよ、と如月は言った。 「頭の中で何を想像しようが、個人の自由ですから。ま、仕事に支障が出なければ結構です」  それだけ釘を刺すと、如月は森崎を呼んだ。別室へと連れて行く。二人きりになると、如月は切り出した。 「森崎さん。先日の件ですが……」 「異動の件ですね? それは、断固拒否します」  森崎は、キッパリと言い放った。

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