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第19話

「会計部の、渡辺さんでしたね」 声をかければ、さすがに渡辺はびくっと肩を震わせた。如月は、彼に向かってにこやかに微笑みかけた。 「ところで渡辺さんは、ご存じですか。『人間は、自分と同じ価値観で他人を判断する』と」  渡辺の顔に、微かな困惑が浮かぶ。如月の言葉の意味がわからないのと、如月の背後にいる蓮見に怯えているのだろう。だったら最初から言わなければいいのに、と思うが。 「つまり私が言いたかったのはですね……。あなたは、恋愛や結婚は出世の手段と解釈なさっている、ということです」  おぼろげながら如月の意図を悟ったのか、渡辺は狼狽し始めた。 「俺……僕は別に、そんなことは考えて……」 「考えていましたよね? 蒼君が私と付き合ったのは、出世したいからだと。その口で、ハッキリ仰ったじゃないですか!」  抑えようとしたが、つい語調が強くなる。一瞬怯んだ渡辺に、如月はずいと近付いた。口の端で微笑みながら、告げる。 「つまり、渡辺さんのこれまでの恋愛も、打算によるものということですよね。広報の広田さん、営業の小日向さん。川口さんは、以前秘書室にいましたね」 どうして知っているのか、とばかりに、渡辺が真っ青になる。この渡辺という社員は女性関係が派手だと、部下だった川口から聞いたことがあったのだ。それも、付き合ったら特になりそうな、花形部署の女性ばかりだと。人の名前に関しては抜群の記憶力を誇る如月は、そのメンバーを全て記憶していたのだった。 「もちろん、結婚となればなおさらでしょうね。ああ、申し遅れましたが、ご婚約おめでとうございます。お相手は、法務の関さんでしたね。××支店長のお嬢さんでしたか。当然、渡辺さんのその価値観をご承知の上で、結婚なさるのでしょうね」

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