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第20話

「申し訳ありませんでした!」  渡辺は、米つきバッタのようにペコペコと頭を下げた。 「この通り謝りますんで、婚約者には、僕の過去については内緒に……」 「当然ですよ。そんな告げ口みたいな真似はいたしません。……ただし」  如月は、スッと笑みを消した。 「他の社員たちについてまでは、責任は負えませんが」  女性間での噂話というのは、広がるのが早い。誰か一人に漏らせば、すぐに伝わることだろう。『婚約者には』言っていないのだから約束違反にはならない、と如月は内心にやりとした。あとは、現婚約者の耳に入るのを待つだけだ。 「こんにちはー!」  その時、業者の明るい声が響いた。真島が、慌てたように迎えに出て行く。硬直している渡辺を残して、如月もさっさと後に続いたのだった。   真島の荷物の運び出しは無事終了し、二人は社員寮を後にした。引っ越しトラックを先導しながら車を運転していると、真島が助手席から恐る恐る話しかけてきた。 「いいんですか? 渡辺の奴、婚約解消になるかも」 「自業自得。人の恋路を邪魔する奴は、十倍返しだ、って言うでしょ」 「何か、いろいろ混ざってますよ」  真島が、クスッと笑う。少しは元気が出てきたか、と如月は彼をチラと見やった。 「それに。お相手の女性も、結婚前に彼の本性が知れて、よかったと思うよ。そういう意味で、僕らは人助けをした」 「そういう見方もできるかあ……。あ、でも」  真島は、眉をひそめた。 「途中で修一さんが出て来たから否定しそびれちゃったけど、多分修一さんも、ゲイって思われてますよね? 実際は、バイでしょ。何か、すみません……」 「別に、どちらだっていいよ。男性の君と付き合っているのは事実なんだし。それに、それを言うなら、君だって完全なゲイじゃないだろう」  言いながら如月は、渡辺の最後の発言を思い出していた。LGBTへの差別例として、蓮見に報告し、吊し上げてもらおう。あの時の真島の心情を思うと、如月はハンドルを握る手に力がこもるのを感じた。

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