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聖なる力の秘密 3
「あ……温かいもの、何か……作ってきます」
レイヴンはそそくさとその場を離れた。
なぜ、自分の顔など見たがるのか。その理由がわからないことや、そもそも笑みを向けられることに対して、自分はどう対応すればいいのかがわからなかった。
(あんまり近くにいるのは、良くない気がする……)
ちょうど干しているシンのマントで、彼がいるベッドと台所として使う作業台が仕切られているのをいいことに、レイヴンは束の間の安息を得た。
同時に、レイヴンの腹から小さな虫がか細く鳴いた。昨日は自身で調達できない食材を得られたというのに、シンにかかりきりでありつけなかったのだ。
自分一人ならば米を炊き、山で取れた野草やきのこ、そして塩漬けにされた魚を使ったスープを作って済ませただろう。しかし今はシンがいる。それも腹部への大怪我だ。彼の身体を労るならば、固形物は入れない方がいいだろうと、山羊の乳を壺から取り出した。
動物の乳には栄養がある。貴重なそれを鍋に入れると、壁面に作られた暖炉に入れて温めた。幸い、乳を水で薄められてはいなかったようだ。レイヴンは温めたそれが好物だった。
ふつふつと小さな泡が立ったところで鍋を戻し、土を焼いて作った二つのカップに注ぎ入れる。これだけでも充分に栄養があるが、レイヴンは悩みながらも吊り棚から小さな壺を取り出し、中に入った粘り気のある金色の液体を匙一つ分ずつ、それぞれのカップに混ぜ入れた。
チラリとシンがいるベッドへ振り向くも、マントで彼の様子は窺えない。反対に、こちらの手元も見えていないだろうと、レイヴンは自身の指と指の間を小刀で浅く切り裂いた。そして二つある内の一方に自身の血を三滴ほど垂らした。
最後にもう一度、カップの中を匙で混ぜ、それらを持ってシンの下へと戻った。
「お待たせしました」
声をかけつつマントの向こうへ顔を出すと、シンはベッドに入ったまま、空中をなぞるように指を動かしていた。視線はなぞる自身の指に向いており、それを行いながら真剣な顔で何かを考えているようだった。
文字の練習のようにも見えるその行動にレイヴンが首を傾げると、その気配に気づいたシンは指を止め、彼に向かって「おかえり」と言った。
「何か書きたいようでしたら、紙と筆がありますけど……」
「ああ、大丈夫大丈夫。もう終わったから。それよりこれは……薬?」
自身の行動について逸らすように、シンがレイヴンの手元を指差した。疑問はあるものの、レイヴンはカップの一つをシンへと手渡した。
「山羊の乳です。栄養があるし温めたので、身体にもいいかと……」
「ヤギ…………ああ、山羊か。へえ。動物の乳は初めて飲むな」
シンはカップの中を覗きながら、興味深く頷いた。山羊の乳を飲んだことがないとは、普段はどこで暮らし、何を食べているのだろう? と、レイヴンはベッドの隣の椅子に座り、カップの中身をふうふうと冷ましながら一口分を飲んだ。
ほんのりと甘くてまろやかな乳が、レイヴンの身体に沁み渡る。やはり蜂蜜を入れて正解だったと、レイヴンは少しだけ嬉しい気持ちになりながら、もう一口分を飲んだ。
すると、その様子を見ていたシンが……
「で、レイヴンが混ぜたのは薬? それとも毒?」
「え……?」
「これと一緒に何かを混ぜただろう?」
と、笑みを浮かべながら、レイヴンの行動について問いかけた。心臓がきゅっと掴まれたような気がして、レイヴンは言葉を詰まらせる。
「そ、それは……えと…………は、蜂蜜……です」
「蜂蜜だけ?」
「う……」
見られていた? レイヴンは逃げるように俯き、口を噤んだ。
血を混ぜている間、シンの視線は彼の手元にあったはずなのに、あたかもこちらの様子を始終見ていたかのような口振りだ。
「そういや昨日も、口の中に何かを入れられたな……」
続けられたその言葉に、レイヴンの心臓はさらに強く締めつけられる。
気を失っていたのだから気づくはずがないと、高を括っていた。しかし、黙っていてはシンがそれを飲むことはない。
正直に告白しようにも、きっと信じてはくれないだろう。万が一シンが信じたとしても、その後に自分を見る目が変わるかもしれない。最悪の場合、村の外へそれが知れ渡ってしまう。
かといって、血を入れたという事実だけを告げたとなれば、さすがのシンも憤慨して乳を捨ててしまうかもしれない。
「その……」
いったい何が正解なのかとレイヴンが考え倦ねていると、シンは意外にもそれ以上は問い質すことなく、
「まあ、どっちでもいいんだけど」
と、カップに口をつけてゴクゴクと喉を鳴らしながらそれを飲み干した。
ポカンと口を開けてその様子を見つめるレイヴンは、シンがカップから口を離すなり尋ねた。
「な、何で……飲んだんですか……?」
「何でって……レイヴンがくれたからだけど?」
けろりと返すシンに、レイヴンには妙な罪悪感が生まれた。自身のカップを握りながら、おずおずと味の感想を尋ねる。
「不味くなかった……ですか?」
「そうだな……匂いは独特だけど、これはこれで美味かったよ。蜂蜜が入っていたから甘みもあった。ごちそうさま。ありがとな」
空になったカップを返され、レイヴンはそれを受け取りながらシンに向かって頭を下げた。
「ごめんなさい……」
そして、レイヴンはカップの中に入れたものについて、正直に答えたのだ。
「それ……僕の血を、混ぜました……」
「ああ、血か」
シンは驚くでもなく、納得したようにうんうんと頷きながら、レイヴンへと聞き返した。
「オレから血が流れたからってわけじゃないな? どうして?」
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