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第1章 2

「いつまでそうしてるんだ?」  背後から突然、子供の声でそう話しかけられた。瀬那はビクッと肩を揺らし、ゆっくりと振り返る。そこには七歳くらいの男の子が二人立っていた。着物姿だ。一人は濃い赤地に雪の結晶が繋がった模様が入っていて、雪輪の中に水玉がデザインされている着物だ。もう一人は濃い青地に六角形が規則的に繰り返し配置された幾何学文様の入った着物を身につけている。  印象的なのは髪の色だった。二人共おかっぱ頭なのだが、青っぽい色と赤っぽい色の髪をしている。そして両方の子の額からは、人にはない大きな角が二本生えているのだ。一瞬でファンタジーの世界に飛び込んだ感覚になる。 「君たちは……誰?」  瀬那が問いかけると、二人の子供は同時に顔を見合わせる。目の色も髪と同じで、カラーコンタクトレンズを入れたように鮮やかな赤と青だ。 「俺は絵理久(えりく)。こいつは絵海琉(えみる)。あんたは?」  青い髪の男の子、絵理久が自己紹介をしてくれる。二人の顔はそっくりだから、おそらく双子なのだろう。絵海琉と紹介された男の子が一歩だけ瀬那に近づいた。 「自分のこと、忘れちゃったの?」  そう言われて瀬那はきょとんとした。考えてみるとそうだ。自分が逢坂瀬那であることは理解していたが、それ以外のことが頭からすっぽり抜け落ちてなにもないのだ。 「あ、あ……、えっと……」  思い出そうとするのに、頭の中が真っ白になっている。名前以外に自分が何者かわからないことがこれほど怖いとは知らなかった。胸が苦しくなって、瀬那は自分の胸辺りの服を掴む。そのとき自分が白装束姿であることに初めて気づいた。 「なんで、着物……?」  混乱は増すばかりだ。花畑に子鬼の二人。そして白装束(しろしょうぞく)。そこまできてようやく、自分が死んだ夢を見ているのかもと確信し始めた。 (なんだ。自分が死んだ夢を見てるのか。すごくリアルで、変な感じだな……)  心の中でそう呟いた。 「違うよ。あなたは死んだからここにいるんだよ」  感情の伴わない声でもう一人の子鬼(こおに)、絵海琉が教えてくれる。驚いてその子の顔を見るが、やはり気のせいだろうと瀬那はさらっと聞き流す。 (僕が、死んだ? 夢じゃなくて? 嘘だ。夢だよこんなの。現実なわけがないもん)  瀬那は信じられなくて、絶対に夢だと自分に言い聞かせる。夢ならいつかは覚めるはずだ。 「だから、あんたは本当に死んだの。夢じゃないし。ここは人間界じゃないんだって。わからないかなぁ」  絵理久が面倒くさそうに頭を掻きながら呆れた顔をしている。そんなことを言われても、瀬那には死んだ実感はないのだから、夢だと思うのが当然だ。これが夢ではないという証拠を見せてくれれば別だが。 (どうしてこの子は夢じゃないなんて言うんだろう) 「どうしてって、ここが地獄だからさ」  瀬那の心の声に絵理久が返答した。そういえばさっきもそんな感じで返答された。瀬那は変なことを言う絵理久の顔を見つめる。 「言ってもわからないなら、少し記憶を戻してあげるよ」  絵理久が瀬那に近づいて、尖った爪の人差し指で瀬那の額に触れた。 「……っ!」

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