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第17話

仕事の合間を縫って毎日やってくる関谷に、水都も彼と会えるのが楽しみになっていた。 「そういえばな、今度また大学時代の有志で集まろうって話があるんだ。おまえどうする?」 「え、僕? どうしようかな…君は、行くの?」 「あったりまえだろ~。ただでさえ長いこと海外に放り出されてたから、こっちの空気が懐かしくて仕方ないんだよ。それにあいつらに会うのもそれこそ7~8年ぶりくらいだろ?」 「……そうだね。じゃあ僕も、行こうかな」 そう返事をする水都に、関谷は嬉しそうにそうこなくちゃと笑う。 「幹事は浜名だったかな。また詳しい連絡来たら教えるよ」 「うん、待ってるね」 懐かしい友人たちと過ごす時間を思い、水都は知らず胸が躍る。 「さ~て、もうひと頑張りしてくるかな。嫌な客先行かなきゃならないから憂鬱だけど、そうも言ってられないもんな」 苦笑しながら立ち上がる関谷に、水都はまたあの小さな袋を差し出した。 「元気が出るチョコレート。頑張って」 「頭に血が上りそうになったらもらって食うよ。んじゃ、またな」 嬉しそうに笑って出て行く関谷を見送り、水都は小さくため息。 彼に再会してからずっと、胸の中にはわけの分からない感情が渦巻き続けている。 今までどおり週末の2日間を定休日にして、いつものように隼人と過ごす。その間にも、ふと気付くと彼のことを考えている自分がいることに戸惑う。 懐かしい相手だからだろうか? 健志との関係も知っていて、自分を飾りなく見せられる相手だからだろうか? でもこれは恋愛感情じゃない。 健志と再会したときに感じたような、あんな熱く胸躍るものじゃない。 ドアベルの音にハッとして、今は考えるのはよそうと首を振る。 「いらっしゃいませ」 2人連れの客に笑いかけ、水都はおしぼりとお冷を持ってその客のあとを付いていった。 「来週の土曜日、午後7時。大丈夫か?」 いつものように訪れた関谷が告げるのに、水都は嬉しそうに微笑んで頷いた。 「よっしゃ。んじゃ俺迎えに来るから、ここで待っててくれるか?」 「え、いいよ自分で行くし」 「いいじゃないか。2人で一緒のほうがタクシー代も浮くし」 そんなことを言い出す関谷に驚いたあと、水都は思わず笑ってしまう。 「なんだよ、なんか俺ヘンな事言ったか?」 「ううん。君がそんなこと言うなんて思ってなかったから」 学生の頃の関谷は、どちらかというとお坊ちゃん育ちでお金に頓着したようなところがなかった。周りが贅沢だと思うことも当たり前のような顔をしていたし、けち臭いことも言ったりしなかったから。 「あの頃は…親に与えられるのが当たり前で、なんていうか…もったいないとかそういうことってあんまり感じなかったんだよな。でも社会人になって、自分の力で稼いで暮らすようになって分かったんだよ。世間知らずだったんだな~って実感した」 しみじみとそんなことを言う関谷に、水都は黙ってその言葉を聞きながらなんだか好感を持ってしまう。 いや、学生時代も友人としてはいい相手だったと思うけれど…… そこでまた、ずっと胸の中で抱えている彼への悶々とした思いが顔を出す。 「ねえ、関谷……」 「ん?」 「君はさ、誰かいい人とか、いるの?」 思わずそんなことを聞いてしまう水都に、関谷は驚いたような表情を向けてくる。 「なんで、そんなこと聞くんだ?」 最もな問いにどう返そうかと考え、しどろもどろな思考の末にたどり着いた答えを口にする。 「だって、僕と健志のことだけ話してさ…不公平っていうか。もちろん、今度の飲み会でみんなに会ったらちゃんと聞くよ?」 「……残念ながら自慢できるような浮いた話はひとつもないな~。あっちで金髪美人でもなんて思ってたんだけど、仕事は忙しいしやっぱり俺には日本人のほうがいいやってなもんでさ」 そんな関谷の答えになぜだかホッとする自分に、水都は戸惑う。 「おまえもさ、いつまでもあいつのこと引きずってないでいい奴見つけろよ」 そんな答えに、ツキンと胸が痛む。 「うん…そうだね。でも関谷だって……」 「俺はちゃんと考えてるよ。心配ご無用」 余裕たっぷりの返事に、また胸が痛む。 「好きな人…いるんだ?」 問う声が微かに震えているような気がした。 「そういうわけじゃないけどな。まあ交友関係は広いほうだと思ってるから、その気になりゃ誰かから紹介とかしてもらってってやつ。今はまだ仕事がいっぱいいっぱいだし、恋愛にのめりこめそうな相手との出会いってのもないし。うちは両親とも俺の人生なんだから好きに生きればいいって言ってくれてるから、早く結婚しろだのそういうことうるさくせっつかれなくて助かってるよ」 あっけらかんと言い放つ関谷に、正直ホッとした。 だとするなら、自分がその相手になれる可能性も…そんなことをふと思い、水都はそんな自分の考えにハッとする。 「昔はさ、就職して一人前になったらさっさと結婚して家庭もって、両親に孫の顔でも見せてやるか~なんて思ってたのに…ひとりでいることに慣れたら、そういうのがなんか煩わしく感じるようになっちまってさ……」 不意にそんなことを言い出す関谷に、思わず水都は身を乗り出すように反論してしまう。 「ひとりは寂しいよ。ひとりでいることに慣れるなんて…そんなこと出来っこない」 「水都?」 「健志を亡くしたとき、僕はひとりぼっちだった。僕には健志がすべてだったから…寂しくて寂しくて、何度も死のうとした。だけど、いつだって弟の存在がそれを止めてくれた。ただ黙って、そばにいてくれた。健志がいなくなってもひとりきりじゃないんだって、教えてくれたんだ……」 「……そっか。ごめんな、水都。つらいこと思い出させちまってさ」 切なげに瞳を揺らす関谷に、水都は小さく首を振って思わず溢れていた涙を拭った。 「今はね、弟の知り合いの人が一緒にいてくれるから寂しくないんだ」 えへへと笑いながらそんなことを言う水都に、関谷が驚いた。 「っておまえ、一緒に暮らしてるって意味か?」 いくら弟の知り合いとはいえ、恋人でもない赤の他人である相手と一つ屋根の下で暮らしているという事実が、関谷には信じられないのだ。 「うん。弟がどうしても仕事の都合で転勤しなきゃならなくなって…その人に頼んでくれたんだ」 「んじゃ、その相手と付き合ってるのか?」 それに今度は水都が驚いた。 「違うよ。ただの同居人。それに彼は…きっとまだ、弟のことを忘れてないから……」 そう言いながら微かに表情を揺らす水都に、関谷はふと胸の痛みを感じて戸惑う。 だがそれを振り払うようにコーヒーを飲み干すと、カウンター席から立ち上がった。 「ごちそうさん。んじゃ来週の土曜日、忘れんなよ」 「うん。君こそね」 その背を見送ってそっとため息をつく水都と同じく、店を出た関谷もまたわけの分からない胸の痛みに小さくため息をつくのだった。

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