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第20話

無意識に軽くなる足取りに気付いて苦笑しながらも、浮き立つ心のままに足早に向かう喫茶店。と、まだ時間には早いのにタクシーが一台停まっている。 「え…まさか関谷?」 驚いて小走りに駆け寄れば、そんな水都の姿に気付いたのか後部席の窓が開き、関谷が手を振ってくる。「悪い、ちょっと早く来すぎちまってさ。焦らせてごめんな」 「そんなこといいけど…ちょっとビックリした」 ドアを開けてもらい、水都も後部席へと乗り込む。 すでに関谷が行き先を告げていたからなのか、ドアが閉まると同時にタクシーはゆっくりと走り出した。 特に話すこともなく、無言のままでタクシーはゆっくりと走り続ける。 そして、ある居酒屋の前で停まった。 「3500円になります」 タクシーの運転手がそう告げると、関谷はすっと自分の財布から千円札を4枚抜き出して渡す。 「お釣りは結構ですから。ありがとうございました」 そう言って、水都を促して車を降りる。 「割り勘だよね。半分出すから」 暖簾をくぐって店の中に入ろうとする関谷の背中に慌てて水都が声をかければ、笑って振り向きながら差し出された手に千円札を2枚乗せた。 「お釣り、後でもいいか?」 「いらないよ。だって君が払ったの4千円じゃない。半分だったらそれでいいでしょ?」 「運転手に釣りがいらないって言ったのは俺の独断だから、その分は返すさ」 「いらないってば。その分、店のほうでなにかもうひとつ注文してくれればいいから」 笑ってそう言う水都に、関谷も笑う。 「そっちのほうが高くつきそうだけどな~」 なんて冗談交じりに言いながら。 店員に案内された2階の座敷では、すでにテーブルに料理が並んで仲間たちも集まっていた。 「遅いぞ~関谷も水都も。待ちくたびれて先に乾杯するかって言ってたところだ」 今回の幹事を務める浜名の言葉どおり、皆の前にはもう生中のジョッキが用意されている。 「ひでぇな~久しぶりなんだから全員揃うまで待つくらいの気を遣えよ」 それでも笑いながらそう言う関谷と隣り合って座り、同じく生中を2杯注文した。 すぐに運ばれてきたジョッキを2人も手にする。 「それじゃ、皆集まったところで…再会に、乾杯!」 「「乾杯!!」」 幹事である浜名の音頭で高く掲げられたジョッキがおのおの軽い音を立てて触れ合い、再会を喜び合う。 近況を伝え合い、懐かしい思い出話に花を咲かせ、会社の愚痴やら家庭の愚痴やらそれぞれ思い思いに口にして盛り上がる。 こういった酒の席はそれこそ健志を失ってから初めての水都は、周りの仲間たちの話を驚いたり感心したりしながら笑って聞き、そして問われるままに健志を失ったことを出来るだけ明るく皆にも伝えた。 「そっか…あいつがなぁ……。今度墓参りしていいか?」 「うん、もちろん。健志も喜ぶんじゃないかな、皆に会えたら」 「墓場の前で酒盛りするわけに行かないからな。墓参りが終わったらまた皆で飲もうぜ」 そんなことを言ってくれる仲間に胸が熱くなる。 「うん…約束だよ」 「ああ、約束だ。指きりでもするか」 冗談半分に差し出された小指に自分の指を絡め、幼い子供のように笑って指切りをした。 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、いつの間にかお開きの時間が迫ってくる。 「宴もたけなわのところ申し訳ないが、そろそろ時間が来たようだ。この後は各自好きなように二次会なり三次会なりで盛り上がってくれ」 〆の音頭を取った浜名の言葉が終ったあと、水都はそっと関谷に問いかける。 「君はこの後どうする? どこかへ行く?」 「どうするかな~別にどっちでもいいけど…おまえは?」 そんな2人に仲間の一人がカラオケへ行かないかと声をかけてくる。それに水都が答えようとしたのを遮るように、 「悪い、俺たち帰るから。また誘ってくれよな」 なんて関谷が笑顔で答えて立ち上がる。 「行くぞ、水都。じゃあな、また」 「あ、うん。じゃあ…今日は楽しかった、ありがとう」 追い立てられるように立ち上がり、先に立って店を出て行く関谷の後を追いかける。 「どうしたの? てっきり行くのかと思ってた」 「ん~…そのつもりだったんだけどなぁ……」 なんとなく並んで歩きながら、そう問いかける水都に関谷はどこか迷いを残すようにそう答え、ふと水都へと視線を流す。 「勝手に決めちまったけど…おまえ、行きたかった?」 「え、僕は別にどっちでも……」 みんなとカラオケで盛り上がるのも楽しかったかもしれないけれど、こうして関谷と2人で夜の街を歩くほうが楽しいと思うから。 大通りまで出てもどちらもタクシーを拾おうとはせず、ただ時折ポツリポツリと言葉を交わしながら歩き続けていく。 そうして歩くこの道がずっと続けばいいと…そんな思いに気付いた時、水都はそれまでもやもやとしていた自分の気持ちをはっきりと自覚した。 「水都?」 突然立ち止まる水都を不思議そうに振り返る関谷に、水都はその場に佇んだままで思いを告げる。 「僕…君が好きだ」 「……え?」 もちろん想像だにしないそんな水都の言葉に、関谷は戸惑ったように何も言えない。 「……ごめんね、突然こんなこと言って。返事はいらないから……」 自分の思いを受け入れてもらえるなんてことはカケラも思っていない。 「って、おい! 水都!?」 背を向けて走り出そうとする水都を、一瞬早く関谷がその腕を掴んで引き止めた。 「そんな大事なこと言い逃げってどういうつもりだよ」 少し怒りを含む関谷の声に、水都はその顔を見られず俯いてしまう。 「俺も、おまえのこと好きだぜ。昔からの大事な仲間だし」 それに水都は弱々しく首を振る。 「そうじゃないよ……。僕の言ってる好きの意味、分かってるんでしょ?」 「…………」 答えない関谷に、水都は微かに唇をかんだ後でふと顔を上げた。 「忘れて。聞かなかったことにして。……僕も忘れるから」 それが一番いい。今ならまだ、なかったことにしてしまえるから。 「……んなこと、出来るわけないだろ。とりあえずこんなとこじゃなんだから、俺の部屋、行くぞ」 強い力で水都の腕を掴んで歩き出す関谷を振りほどけない。 そのまま2人の姿は、夜の街に消えていった。

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