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第22話

強い力で腕を掴まれたまま、半ば強引に連れて来られたのは関谷のマンション。 「適当に座ってくれ。コーヒーでいいか?」 「あ、うん……」 一人暮らしをするには少し広い、3LDKの居室。 でも、他に同居人がいるような気配はない。 「一人で住んでるの?」 キッチンで湯を沸かす関谷の後姿に声をかければ、すぐさま振り向いて頷いてくる。 「両親の持ってるマンションじゃここが職場に一番近かったんだ。使ってるのはここと寝室くらいだけどな」 そういえば関谷の両親は不動産をいくつも持っていて、マンション経営やらビルのオーナーやらをしていたことをふと思い出した。 「でも、もう少ししたらここを出るんだ」 「え?」 「俺だって自分で稼ぎのある社会人だぞ。いつまでも親の世話になってるわけにはいかないじゃないか。それに一人暮らしにこんな立派な部屋は必要ないしな」 ピーっと音を立ててやかんの湯が沸いたことを告げると、関谷は2つのカップに湯を注ぐ。 「インスタントだけど勘弁してくれよ」 「それは別に…わざわざごめん、ありがとう」 2つのカップを手にリビングへと戻ってきた関谷から片方を受け取り、水都はそれを口元へと運んだ。 お世辞にもいい香りとは言えない、味もイマイチのインスタントコーヒーなのに、関谷が淹れてくれた、そしてこうして向かい合って一緒に飲んでいるというだけで美味しく感じられる自分に、水都は小さく苦笑する。 「どうした? やっぱりまずかったか?」 「え、ううん。そんなことないよ」 「別に無理しなくていいぞ。俺も好きで飲むわけじゃないから」 その言葉どおり、関谷はなかなかコーヒーカップに口を付けようとはしない。 「じゃあどうして置いてるの?」 「どうしても飲みたいときのための非常用だ。夜中なんかに買いに行きたくないだろ? ここはコンビニも遠いし自販機もないからな」 そんな関谷に思わず笑ってしまう。 「じゃあ今度買う時は、インスタントじゃなくてちゃんとした豆を買っておいてよ。僕がとびっきり美味しいのを淹れてあげるから」 「夜中でもか?」 驚きながらそう言う関谷にまた笑い、頷く。 「呼んでくれれば来るよ」 そんな水都の言葉に小さく笑い、関谷はやっと一口コーヒーを飲んだ。 「日本に帰ってくる前はこれが当たり前の味だったんだけどな。贅沢を覚えるとダメみたいだ」 「それって僕の淹れたコーヒーのこと言ってくれてる?」 少しばかりの期待を込めて水都が問えば、関谷はまた笑って頷く。 「あの店以外では飲まないからな。仕事先では別として」 それに水都は嬉しそうな笑みを浮かべて、向かいに座る関谷の隣へと移動する。 「水都?」 「……期待してもいいの? 君の返事…僕をここへ連れてきてくれたってことに」 それに関谷は答えず、まるでごまかすようにまたカップを口へと運ぶ。 「少し時間をくれないか。それまでは…友達以上恋人未満って関係、じゃだめか?」 迷いを浮かべた関谷の瞳に、水都は素直に頷いた。 自分だとて、さっき気付いたばかりの思いなのだ。 それに、忘れてくれと言ったのにこうして向き合おうとしてくれている。 「ごめんね…関谷」 「謝られるってのもなんか妙な気分だけどな。とりあえず、デートなんてのをしてみるか?」 そう提案する関谷に驚いて顔を上げ、だが嬉しそうに満面の笑みを浮かべて頷く水都に関谷もまた優しい笑みを向ける。 この思いの行く先が恋情なのかそれとも友情のままなのかはまだ分からないけれど、こうして自分の誘いに嬉しそうな笑顔を見せてくれる水都が愛しいと思う。 「行き先のリクエストあるか?」 「ん~わかんない……。だって僕、普通にデートってあんまりしたことないし」 「なんだぁ? だっておまえ、大学時代はちゃんと彼女とかもいただろ?」 「そりゃ…確かにいたけど。彼女の行きたいところばっかりだったから、それこそどこに行ったってあんまり記憶になくって。もともと、それほど好きな相手じゃなかったのかもしれないね」 「仁野とはどうだったんだ?」 「健志? 一緒に過ごすのはほとんど部屋だったし……」 そんな水都に、関谷は思わずため息。 「まあ俺も、経験豊富ってほどじゃないが…あ、ちょっと待ってろよ」 そういって立ち上がると、ローチェストのそばに置かれたマガジンラックを漁りだす。 「あ~あったあった。行こうと思って忘れてるうちに期限来てるじゃないか」 戻ってきた関谷が水都に差し出すのは、新規オープンしたらしい映画館のチラシ。 「映画なんて見るんだ?」 「それこそ社会人になってからハマッテる。休みのときは昔の名作DVDとかレンタルして1日中見てたりな」 「へえ…なんだか意外」 そんなふうに笑う水都の額を軽く小突き、どうすると問えば行きたいという返事。 「お勧めとか君の見たいのとかあるの?」 「あるある。ほらこれ、懐かしのミステリー映画特集っての。これに行こうと思っててすっかり忘れてたんだよ」 それはチラシの片隅に申し訳程度に書かれた小さな記事。 「って、明日までじゃないの? これ」 「だから、明日行かないか?」 驚く水都にそう言えば、さらに驚いたような目を向けてくる。 「善は急げ。それとも明日は何か用事でもあるのか?」 それに水都は慌てて首を振った。 「ビックリしただけ……。まさか今日の明日でそんなふうに誘ってくれるなんて思ってなかったから」 少し恥ずかしそうに微笑む水都に、関谷も優しい笑みを向けてそっとその髪を撫でた。 「せっかちなんだろうな……。俺のそういうところが嫌だと思ったり、気に入らないところがあったらちゃんと言ってくれよ」 「うん。だけどそれは君もね。僕の嫌なところとかあったら、ちゃんと教えて。直すように努力するから」 「わかった。それはお互い様ってことだな」 それにまた力強く頷く水都に微笑んで関谷も頷き、席を立つ。 「さてと、強引に連れてきちまったけどそろそろいい時間だ。送って行くよ」 「いいよ、一人で帰れるから。確かお店の近くって言ってたよね?」 「ああ。でもこんな夜道おまえ一人で……」 「やだな~女の子じゃないんだから。それにこの辺はまだまだ外灯が明るくて大通りだし、大丈夫だよ」 「……そうか? じゃあ、下までの見送りな」 エレベーターの中で明日の時間の確認と、帰り道を聞いた。 「気をつけてな、水都」 「うん。今夜はありがとう…明日、楽しみにしてるね」 笑顔を残して去っていく水都を送り出し、なぜだか関谷はため息がもれた。

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