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第24話

マンションの自室で水都を待つ間、タバコを燻らせながら関谷は考えていた。 こうして水都と過ごす時間が増えていくごとに感じる、己の思い。そして水都の思い。 「俺の考えが間違ってなければ…だがな」 そんなことを呟いてタバコを灰皿に揉み消した時、玄関のチャイムが響く。 「……相変わらず時間厳守な奴だ」 ふと視線を流した壁掛けの時計に苦笑しながら、関谷は玄関へとゆっくり向かって行った。 「今日はどこへ連れて行ってくれるの? 昨日から楽しみで眠れなかったんだ」 助手席へと滑り込みながら楽しそうにそんなことを聞いてくる水都に、運転席に収まった関谷は少し考えてからエンジンをかけた。 「海はどうだ? 少し寒いかもしれないが……」 「いいけど……。珍しいね、君がそんなところに行こうって言うなんて」 「そうか? 俺だってたまには海を見たい気分になるんだぜ」 滑らかに走り出した車はすぐに高速に乗り、いくつかのインターを通り過ぎて2時間ほど走ったあと、ようやく高速を下りた。 「あのさ…悪いんだけど、あまり遅くなると困るんだ。隼人さんの夕食作んなきゃ……」 少し不安そうにそんなことを言う水都に、関谷は苦笑しながら小さく頷く。 「ちゃんといつもどおりの時間には送り届けてやるから安心しろ。だいたいそんな寒いところでいつまでもいられるわけないじゃないか」 「じゃあどうしてそんなところに行くの?」 少しばかり拗ねたように聞く水都に、関谷はまた苦笑する。 「誰もいない…だろ? おまえと、2人きりになりたかったからさ」 「え……?」 こうして同じ時を過ごすようになってから初めてそんなことを言われ、水都はやっと自分の告白に対する返事をもらえるのかと胸が高鳴る。 「ほら、見えてきた。夏は海水浴客で溢れかえってるんだが…見事に誰もいなさそうだな」 関谷が車を乗り入れた大きな駐車場には他の車は1台もなく、促されて車を降りた先に見える海岸にも、誰の姿もない。 ただ寄せては返す波が、少し寂しげに見えるだけで。 「海岸…下りる?」 「まさか。海風は寒いんだぞ。風邪ひいちまうから遠慮しとく」 「海に来た意味なんてないじゃない」 「見えりゃ十分だ。それにここなら誰もいないしな。……タバコ、いいか?」 「え、うん……」 大学時代も再会した今までも、関谷がタバコを吸う姿なんて見たこともなかった。 マンションの部屋へ遊びに行った時も、灰皿などなかったから、てっきり吸わないのだと思い込んでいた。 「タバコ…吸うんだ?」 「まあ、一人のときはな。おまえは嫌いだろ? 確か仁野も吸わなかったよな」 それに頷くと、カチリと小さな音が聞こえ、関谷がタバコに火をつける。 「……そういえば、隼人さんも吸わないな……」 ふとそんなことを呟けば、関谷は優しい笑みを浮かべて水都を見つめた。 「いい奴みたいだな、おまえの同居人」 思いがけない話を振られ、驚いたようにしながらも水都は嬉しげな笑みを浮かべて頷く。 「僕がここまで健志のことから立ち直れたのって、きっと隼人さんのおかげだと思う」 「へぇ…どうしてだ?」 「何も聞かないで、いつもただそばにいてくれたんだ。人と関わりあいたくなくて、最初は隼人さんのことも受け入れられなかった僕に、それでも辛抱強く寄り添ってくれて…一人じゃないんだって教えてくれた」 「そうか……」 穏やかにそう呟き、関谷はやはり自分の考えが間違っていなかったと確信する。 「ねえ関谷…僕はどうしたら、隼人さんに恩返しができるかな……」 不意にそんなことを聞いてくる水都に、関谷は小さく苦笑して半ばまで吸ったタバコを携帯灰皿へと押し込んだ。 「彼は、そんなこと望んでないんじゃないか?」 「え……?」 「まあ、これは俺の勘だが…彼は、おまえがそうやって心を開いて元気になってくれたのが嬉しいんじゃないかと思う。もし俺が彼と同じ立場だったら、そう考えるだろうからな」 水都の口から語られる隼人の人物像。何の見返りも求めず、ただそばにいて見守ってくれるその態度に、関谷は水都への深い愛情を感じていた。 それは決して肉親へと向けられるものではなく、恋情として。 「やっぱり下りてみるか?」 突然そんなことを言い出した関谷に呆れたようなため息をつきながらも頷き、肌寒い海岸へと2人で下り立つ。 「寒いな~やっぱり。でも夏だったら気持ちいいだろうなぁ」 波打ち際に手を差し伸べ、触れる水の冷たさに驚きながら水都が呟く。 「夏になったら来ればいいじゃないか。その代わりイモ洗いだぞ」 笑いながらそう答える関谷に、水都はどこか期待のこもった瞳で問う。 「君が連れて来てくれる?」 だがそれに関谷の答えはない。 「ねえ…こんなところに僕を連れてきたのは、返事を聞かせてくれるつもりだったからじゃないの?」 それに関谷は少し考えた後で頷き、2本目のタバコに火をつけた。 「俺たちは…恋人にはなれない」 吐き出す煙に紛れた関谷の返事に、水都は胸が痛む。 「なあ水都、俺たちがこんな関係を始めてどれくらい経った?」 「え…っと……」 あの夜から、そろそろ3ヶ月になろうかとしていることに気付き、もうそんなに経ったのかと驚く水都に、関谷はさらに言葉を繋ぐ。 「お互い好き合ってる同士が、何もなしでいられるか?」 「…………」 関谷の言わんとしていることに思い当たり、水都は俯き加減に視線を落とす。 「おまえにしろ俺にしろ、お互いに触れたいと思うことは一度もなかったよな。小学生並みの初心なデートを繰り返して、それで満足してたんだから」 それに水都は何も言い返せない。 確かに、関谷に対して性的な欲求は少しも感じなかった。キスも、それ以上も望まなかった。 「おまえもそろそろ真面目に、自分の気持ちと向き合ったほうがいい」 「……どういうこと?」 決していいかげんな気持ちであんなことを言ったわけじゃない。 思わず顔を上げて抗議するように関谷を見つめれば、短くなったタバコをまた携帯灰皿に押し込むところだった。 「また一人になるのが嫌なら、真剣に考えろ」 嘘を許さない関谷の強い瞳に、心が揺れる。 「おまえの心の中にいる、本当に思う相手だ」 「本当に、思う相手……?」 だがその問いに対する関谷の答えはない。水都自身に見つけろと言わんばかりに。 「……寒いな。戻るぞ」 促すように呟き、関谷は一人先に立って車へと歩き出す。その後を少し遅れて付いて行きながら、水都は関谷の言葉の意味をずっと考え続けていた。

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