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夏の日の思い出

 夏の思い出。  俺は他の人よりも濃い自信がある。  地元の海岸、初の有給休暇訪れた。家族連れやカップルの中にぽつんと座るリーマン。こんな男が居ても邪魔だろう。人が集まった海辺から離れた岩の向こう側を探検した。水着の紐が緩んだ状態で海に入る。紐も自分で結べないほど疲れ切った俺は、案の定水着が流され、寂しそうな「俺」が海で剥き出しになってしまった。奥の方まで流されてしまったのだろうか。そこまで泳げば、確実に溺れ死んでいただろう。どうすることもできなかった俺は、海から上がり、バスタオルまでの道で「俺」を隠すための貝を探した。見つからない。その代わり目に入ったものは、光に反射する何千もの鱗を持った、人魚。それが彼との出会い。  沈みきった表情の俺の周りを泳ぎ、心配そうな視線を向けられた。水着を無くしたと伝えても、首を傾げるだけ。ただ、言葉は通じなくても、悲しいという気持ちが通じたと感じた。実際に水着を波の流れから取り返してくれたことが証拠だ。    あの日から毎年、彼と出会った記念日には必ず有給を取り、二人の時間を過ごした。海岸に寄っては岩の向こう側で彼を待った。鱗で反射させた光を俺の鼻に当てば、水に濡れた彼の笑顔が海から現れる。 「ただいま」  相変わらず首を傾げている。かわいい。 なら、口づけをしたらどんな反応をするのだろう。  全身に水を浴び、彼の首筋をなぞってみる。 彼のヒレがバシャと海から顔を出す。かわいい。 「好きだよ」  返事は変わらず、首の傾げ。それでも手先から伝わるほんのりと温かい熱が、気持ちが通じ合っていることを証明してくれた。

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